新たな農業の展開~下町ロケットの現状
小林 伸行 (南40期)
農家の高齢化に伴う農業の衰退が叫ばれて、既に数十年の時が流れています。昨年、TBSで放送された「下町ロケット」をご覧になり、森崎博之演じる野木教授が開発したロボットトラクタが農業者に受け入れられる様は、今後の農業に新たな展望があると知った方もいらっしゃるかと思います。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、野木教授は実在の人物で北海道大学大学院農学研究院に在籍される教授で野口伸先生のことです。私も先生が属する学科の卒業生で、卒業してからもご一緒にロボットトラクタの開発、効果計測、普及の役を担って参りました。
池井戸潤さんも実際に北海道にお越しになり、私も取材にご協力させて頂き、実情に沿った内容であるとともに、非常にわかりやすい内容となっていたと感じています。池井戸さん本人は誰のエピソードを採用したかは明言しませんが、イモトアヤコ演じるシマちゃんが、社内で左遷されたあたりは私がお話ししたエピソードと合致しており、また、神田正輝演じる的場俊一と父親の関係性も当方のお話しした内容と類似しており、自身を投影でき、親近感の沸く内容でした。さらには、総理大臣が視察に来るという場面もありましたが、実際に岩見沢市(小説上では北見沢市とされています。)で農林水産大臣が視察に来られた際の風景と酷似しておりました。
ロボットトラクタの開発は約30年前に、ホームセンターで購入した部材や使われなくなったトラクタを用いて始まりました。その後、試作が重ねられ、現在の形にまとまり始めたのは、平成11年頃からです。試作後、製品化まで約20年の年月が必要となったのには、いくつかの理由があります。
一つ目は、高精度な位置情報を必要とするため、GPS(Global Positioning System)から得られる情報をさらに高精度なものに加工する機材が高額であったことが挙げられます。高精度な位置情報は測量で用いていましたが、これを土木施工、自動車の自動走行、農作業といった複数で用いることを想定し、機器類の価格が低廉なものとなり、製品化が加速化されることとなりました。この間、ロボットトラクタの前段階として、既存のトラクタに後付けでハンドルを自動制御する機材も販売され、ロボットトラクタの導入の敷居を下げたということも大きな誘因理由です。
二つ目は、ロボットトラクタ導入に当たっての効果を目に見えてわかるようにすることです。ロボットトラクタは、人間が搭乗せずとも作業が行えるといったことがフォーカスされていますが、cm単位の精度で走行することから、人間ではコントロールできなかった細かい作業を行うことが可能となります。例えば、従来は農地全体に肥料を散布していたところを筋状に肥料を散布(2㎝幅程度)し、この散布した肥料の真上に種子を散布するといった非常に精緻な作業も実現できます。これにより、労働時間の削減に加え、農業資材の投入量削減も可能となります。このような効果を目で見てわかるようにしなければ、利用者の同意が得られないことから、数年かけて効果測定を行う必要がありました。
三つ目は、法律の問題です。道路交通法において、公道を走行する乗り物に誰も乗っていないことは想定されおらず、人間が搭乗しない乗り物が事故を起こした際の責任は誰にあるのかを明確にできないと、自動車保険を適用できないということでした。事故を回避するため、ロボットトラクタには、対物センサを用いた何段階にもよる障害物検知機能はありますが、万が一、これらでも対応できない事態が発生した際の責任の所在を明確にする必要がありました。自動車の自動運転も進んでいますが、これは、運転者が搭乗している状況ですので、責任は明確になります。法律改正は時間を要するため、国がロボットトラクタを走行させるための安全ガイドラインの策定が完了したため、ようやく販売開始となりました。
これまで述べたようにロボットトラクタの販売実現までには、長い時間を要しました。テレビでは、ロボットトラクタを導入する場面が出ていましたが、農業では作業内容に合わせ、複数台のトラクタを使い分けています。そのため、農家の保有するトラクタすべてがロボット化されるには、まだ、時間が必要となります。
また、現在はアメリカが運用するGPSに依存する測位システムをできる限り、国産化する必要があります。テレビでは「ヤタガラス」と名称の測位衛星が打ち上げられたこととなっておりますが、これは「みちびき」と呼ばれる国産の測位衛星のことです。測位衛星で位置を特定するためには、少なくとも4機以上の測位衛星からの情報を同時に受信する必要がありますが、現在、みちびきは4機の打ち上げであり、同時にすべての衛星からの情報を得ることはできていませんので、GPSと組み合わせて利用するものとなっています。将来的に海外の測位衛星が安定的に運用されるかは不明ですので、国産での測位衛星環境の構築も重要課題の一つであると言えます。
いろいろ、課題はありますが、新たな農業の第一歩が始まったということは事実です。私自身、大学時代から取り組んでいたものを仕事とし、それが、メディアでも取り上げられるものとなったことはこの上ない喜びであるとともに、さらに自身も向上しなくてはならないと身も心も引き締まる日々であります。
小林伸行 プロフィール
株式会社スマートリンク北海道 常務取締役。1971年、北海道札幌市に生まれる。札幌南高校、北海道大学農学部、北海道大学大学院農学研究院修了。北海航測株式会社、株式会社つうけんアドバンスシステムズ、一般社団法人北海道総合研究調査会を経て、現職に至る。
農業生産、流通に係る技術開発に従事し、地理空間情報流通整備、宇宙政策、スマート農業に係る各種法制度、実証に携わる。
著書:ICTを活用した営農システム―次世代農業を引き寄せる (ニューカントリー臨時増刊号) ニューカントリー編集部
・酪農学園大学特任研究員
・総務省北海道総合通信局「ロボット農業の高度化のための技術的条件等に係る調査検討会」委員
論文多数
第94号 の記事
2019年3月1日発行