六華だより

2019年 特別事業レポート

第96号

「ダメ。ゼッタイ。」では防げない薬物乱用の最新事情
〜子どもたちを薬物乱用から救うために今、大人ができること〜

 

加藤 洋介(南44期)

  昨今、著名人による違法薬物事件が相次いで世間を賑わせています。2019112日(土)、札幌南高百周年記念館で開催された特別事業は「薬物乱用防止」がテーマ。南44期の上村恵一医師((独)国立病院機構北海道医療センター精神科医長・緩和ケア室長)を講師に、薬物依存症からの回復プログラムに取り組むサポート施設・(特非)北海道ダルクの支援スタッフをゲストに招き、『「ダメ。ゼッタイ。」では防げない薬物乱用の最新事情〜子どもたちを薬物乱用から救うために今、大人ができること〜』と題した講演、クロストークを行いました。

 10〜20代を対象にした違法薬物の使用に関する匿名アンケート調査では、現代の高校生は「1回ぐらいであれば体に害はなさそうなので、試してみてもいいのではないか」「他人に迷惑を掛けなければ、使用するもしないも個人の自由」などと回答する層が10.3%を占め、また、薬物を使ってみたいと思ったことがあるかという質問に対して「ある」との回答が6.7%にも上る。そんなショッキングな報告から講演は始まりました。上村医師は、若年層が薬物乱用に手を染めてしまうきっかけは「大学受験に失敗した」「彼女に振られた」「両親が離婚した」「先輩に誘われた」などありふれた理由であることが多いと説明し、「われわれ大人たちは、高校生の10%近くが薬物のすぐそばにいるという現状を直視し、あらためて子どもたちに違法薬物の危険性を伝えていく必要がある」と訴えました。

 一方で、「ダメ。ゼッタイ。」「人間やめますか」などの標語とともに、薬物に手を出した人間を一方的に糾弾し、社会から隔絶するかのような政策や、薬物依存症患者への差別や誤解を助長しかねないメディアによる薬物報道について、上村医師は「無理解からくる発言などで、薬物依存症に苦しむ人たちが自己否定に陥り、依存症回復の機会を遠ざけてしまっている。また、一般の人たちに差別意識や偏見が植え付けられ、薬物依存症の人たちと共生できない社会になっている」と強く批判。薬物乱用の防止策を進めると同時に、依存症から回復しやすい社会づくりを進めるための啓発も必要であり、「単に刑罰だけではなく、苦痛や痛みを抱えた人々をどう支援するかという視点が大切。回復を支えていくには、社会に理解を広げていかないといけない」と力を込めました。

 クロストークに参加した北海道ダルクの支援スタッフは、かつて薬物に手を出した経験があるといいます。「生きづらさを感じていた。薬物をやめられないことへの罪悪感があり、それを和らげるためにまた使うという悪循環に陥った」と自らの薬物乱用のきっかけを振り返り、施設での活動について「薬物依存症は完治が難しい慢性的な病気だが、治りはしなくても回復は望める。グループミーティングなどを通して、薬をやめるきっかけをつかみ、どうすれば薬をやめ続けていけるか、その気持ちを高め、維持していけるかをみんなで話し合い、考えていく。万能ではないが、薬物に頼らなくても生きていけるようになる参加者も多い」と説明しました。それを受け、上村医師は「依存症からの回復には、社会で孤立せず、悩みを打ち明けられる仲間のいる『自分の居場所』が必要。北海道ダルクのような自助グループは、患者の回復に欠かすことのできない役割を担っている」と話しました。

 「いろいろな人に支えられ、身近な人に正直にものを言えるようになったのが一番変わったこと。今、自分は苦しいんだ、辛いんだといえる環境にあることが大きい」とは、覚せい剤取締法違反罪で有罪判決を受け、依存症の治療を続ける、元プロ野球選手の清原和博さんが厚労省の啓発イベントで語った言葉です。依存症の回復の道は平たんではありませんが、薬物をやめ続けることで、失った健康や大切な人間関係、社会からの信頼などを取り戻すことはできます。上村医師は「子どもたちに、人生は一度失敗しても元に戻れることを伝えていく態度にこそ、薬物乱用防止政策の真の意味が問われていると思う。病気を正しく理解し、希求の手を差し伸べる社会を望みたい」と結びました。

 現代社会の重い課題を取り上げた特別事業となりましたが、同窓の皆さん、一般参加の皆さんあわせて30名あまりの方にご参加いただきました。薬物乱用の現実を知っていただくと同時に、薬物依存症には回復の光があること、そして、薬物依存症は病気であり、刑罰だけではなく治療が必要であることを伝える、一歩踏み込んだ内容の、とても意義深い事業であったと感じています。