本を貸さない図書館に100万人?
淺野隆夫(南34期)
図書館は究極のレガシー?
映画や小説に出てくる図書館員はとにかくノスタルジック。長い黒髪、メガネ、色白、端正な顔つきで小説を読み、静かにほほ笑む…。そんな女性は私も嫌いではないが、「図書館に行きましたか?」と街のひとに問えば「こどもの絵本を借りに」「学生の時に自習に」「きっとリタイヤしたら小説を借りにいくかも」あたり。総じて「ここ最近はまったく行く予定はない!」である。
しかし、図書館には遠い過去からの貴重な図書が眠り、まさに宝の山なのだが、ここでまた友人の言葉「図書館は宝の山だね、ものすごく使いづらい宝の山だね」という言葉が心を砕く。
ピンチなのか、チャンスなのか
私が生まれた1966年まで「札幌時計台が図書館だった」は、ちょっとしたトリビアなのだが、ある日、2018年に時計台の隣の街区に図書館を作れるという話を聞き、原点回帰?と喜んだ。しかし耳を疑うような「(図書館には必須な)バックヤードは準備できません。」「1,500㎡しか用意できません。」の厳しい状況。普通の図書館は作れない。
ただ、一方ではかつてカウンターで「鬱の本」や「起業の本」、「漬物の漬け方の本」を上限いっぱい借りて、すぐに返し、また借りていくひとたちを見ていた。通読してないのはもちろんだし、これはそれぞれの課題、悩みの解決の情報源として使っているのだなと関心を持った。(漬物くらいは家で漬けて家計を助けようというお母さんも市民の課題)
こういった、本中心ではなく「ひとの気持ち、課題に寄り添う図書館」が必要ではないかと思っていたし、立地を生かすとすれば、都心で働くひとたち、のために徹底的に集中すればいい図書館ができるのでは?とスタッフみんなで考えた。
そこで、Work,Life,Artを主なジャンルに、仕事や暮らしの課題解決に役に立つ、「はたらくをらくにする図書館」というコンセプトが立ち上がった。
「貸し出しをしないなんて、それでも図書館ですか?」
世の中で貸出をしていないのは国立国会図書館(最後の砦)と東京都立図書館(調査に特化)の2館だけで、市町村立では本を貸さない図書館はないと思う。よく「型破りですね」と言われるが、それは、「目的を持った人に快適な場となるように考えた」結果論である。
貸出期間が2週間、だとすれば年間に26人程度にしか貸すことができないので、なかなか幸運な方でなければ…という状況だし、人気の本はたいがい本棚に並ぶ前に数か月~数年換算の予約が入っていて、図書館に戻ってくるのはその長い旅の末である。
新しい仕事にチャレンジするひと、家族のために薬や診療のことを調べてあげたいひとには、最新の情報を常に利用できる環境が必要なのだ。
館内でコーヒーが飲めるのも、図書館ではお静かに、とは言わないのも、平日は夜9時まで開館しているのも、長時間座っても疲れない椅子を用意しているのも、すべて結果論であることはわかっていただけると思う。
そして何が起こったか
小説や絵本のコーナーもない図書館にひとが来るのだろうか? あるいは居心地の良すぎる環境だけを楽しみ、休憩場所になるのではないか? いろいろなご心配をいただいた。
私たちはマーケティング的な調査や聞き取りを行っていたので自信はあったが、正直不安もあった。
結果は、年間30万人の目標に対して、10か月で100万人を達成した。
反応は「ここが出来て本の世界に戻ってきました」「ここに泊まれませんか?」「よしやるぞ!(SNS上の投稿)」などであり、最も意外だったのは「税金を払っててよかった」という市長へのメールであった。
また、近隣の書店からは「戦々恐々としていたが、結果は真逆。売り上げが伸び、ビジネス層も取り込めました」という声もお聞きした。
そして、開館1年すぎで、ライブラリーオブザイヤー2019の大賞を「常識を覆す革新的な手法」という言葉とともに、札幌市全体の図書館政策の成果として、いただくことができた。
それを支えるものは何か
最近はデベロッパーの方々の視察が増えている。駅前再開発などのケースとして研究しているのであろう。確かに人の流れも作れ、文化度も上がるし、さらにこの手法だと面積がさほど必要ではない。
ただ、私が必ず「成功の条件」としてお伝えするのは、16人の司書の発想力である。
司書はひとつの棚を上から下まですべて作る。団体行動、役割分担ではなく、この時点でこの棚は彼女たちの「花壇」である。
「この棚にどんな人が立つんだろう」から、まず考える。そしてテーマ、例えば「文章上手になりたい!」「身近なひとがガンになったら」「出会いもあれば…(離婚の棚)」などを設定し、そこから本を買い、直感的に並べる。
時に組織の幹部の方が視察に来て、「上司の苦悩」という棚の前から動けなくなっているのを見ると、なにかほくそ笑んでしまう。
枯渇しない資源とは?
どんなに使っても枯れない資源って何だろう?それは「人間の発想力」つまりイマジネーションではないだろうか。
司書の発想力をマックスに持っていくことがこの図書館の人気のヒミツであり、エンジンである。それを読み取り、利用者がよろこぶ。
「とにかく本棚が面白いですね」これは司書の最大の勲章である。
さて、生き生きと楽しそうに棚づくりを行う司書を見ていると、冒頭に書いた古書堂のおねえさん的な司書イメージはない。どこにもない。(残念だが。笑)
このスタイルはひろがるのか?
総務省からの委嘱で、いくつかの自治体にアドバイスをさせてただいた。産業支援施設を作るので札幌のような図書館を作りたい、あるいは、これからの人口減少に向けてニーズをシフトしながら整理、整備を行いたい。司書の働き方を最適なものにしていきたい。
さまざまであるが、「図書館に行けば、なにか出来そう。図書館となら、何か起こせそう。」という場所になるよう、お話をしている。
図書館が時間つぶしの場所ではもったいない、のだから。
淺野 隆夫(あさの たかお)プロフィール
北海道大学法学部から1989年に札幌市役所。国際交流やIT推進、企業のCSR支援などを経て、まさかの異動で図書館へ。電子図書館を立ち上げた後、札幌市図書・情報館のプロジェクトへ。気が付けば10年目。司書資格も取得。2018年開館と同時に館長に。
第96号 の記事
2020年3月1日発行