六華だより

「専用席」と「優先席」 誰もが使いやすい公共交通機関を目指して

第100号

鈴木 克典(南35期)

土橋 喜人(南37期)

 高齢者や障がい者、乳幼児連れなどが優先的に使用できる座席が、多くの電車やバスといった公共交通機関に設けられています。通常は「優先席」と呼ばれていますが、札幌市営地下鉄では「専用席」と表示されています。札幌に住んでいると当たり前すぎて気が付きませんが、専用席という名称は、他のマチでは見られないとのこと。この違いに注目した宇都宮大学客員教授の土橋喜人さん(南37期)は、同じ学会の所属であり、六華の先輩でもあった北星学園大学教授の鈴木克典さん(南35期)に共同研究を持ち掛けて研究を実施。地域別の実態調査の結果、「優先席」の場合、座っている人のうち高齢者などその席の対象とみられる人が2割未満であるのに対し、「専用席」では9割超と明らかにし、2021年度の日本福祉のまちづくり学会の学会賞(学術)を受賞しました。電車やバスがより多くの人に使いやすくするためには何が必要か。両氏に伺いました。

聞き手 六華だより編集委員 佐藤元治(南38期)

―― 「専用席」の名前は全国的にも珍しいそうですが、なぜ研究テーマに選んだのですか。

 土橋 「優先席」「シルバーシート」など、名称はさまざまですが、電車、地下鉄、バスなどの公共交通機関の大半に、同様の座席が設けられています。しかし、「専用席」との名前を持つのは日本国内の公共交通機関では札幌市営地下鉄だけです。そのお陰で、概ね、空席があり、席に座りたい優先利用対象者が譲られることなしに座れるのです。札幌に帰省するたびに気になっていて2016年、ちょうど仕事を早期退職して大学院(博士後期課程)に行く準備をしていたときですが、日本福祉のまちづくり学会全国大会が函館で開かれまして、実行委員長を務めた鈴木先生に、これが研究テーマになるかどうか相談させてもらいました。おそらく研究としては、だれも手を付けていないのではないか、と。

 鈴木 地下鉄はこれまで通勤等で使っていました。大学の最寄り駅の大谷地(札幌市営地下鉄東西線)で乗り降りしますが、朝ラッシュのときも、専用席だけは空いている状態です。車両がどんな混雑しても、対象者以外はその席に座ろうとしないのですね。そんな様子が気になっていましたので、土橋さんのテーマは非常に興味深く感じました。とはいえ、公共交通機関での調査は、なかなか大変です。特にラッシュ時の調査は難しい。そこで早速、函館での学会後、札幌に帰省した土橋さんと一緒に大谷地駅そばにある札幌市交通局を訪ね、どのような調査であれば可能か、相談に伺いました。

ZOOMミーティングによるインタビュー。左が土橋喜人さん、右が鈴木克典さん。下は聞き手の佐藤

―― 混雑する車内での調査は大変ですね。

  土橋 単に札幌市の状況を調査しても比較対象がないとその評価は難しいということで札幌市営地下鉄と(私が在住する)関東圏の地下鉄の比較をすることにしました。関東圏の調査を私が、札幌での調査を鈴木先生のゼミの学生さんが担当しました。混雑率や着席率を正確に調べるには、通常は写真撮影した画像を分析することが多いのですが、東京の電車のホームで混雑率を比較するために写真を撮りまくっただけでも、「お前、何やってるんだ!」と乗客に詰め寄られました。研究のためと説明しても信じてくれず、不審者扱いです。撮影をあきらめ、目視で数えることにしました。「専用席」ないし「優先席」のあるドアのそばに立ち、そのドアと隣のドアまでの間に立っている人数、優先利用対象者で立っている人数専用席・優先席の着席人数とその席に座っている対象者とみられる人の数をカウントし、混雑度合と優先利用対象者の利用率、空席率等を調べました。

 鈴木 札幌は調査時間を朝夕のラッシュ時の各1時間半、南北線・東西線・東豊線の3路線のうち最も混雑する区間(混雑率120%前後)を調べました。調査方法について札幌市交通局に確認しましたが、乗って数えるのは構わないが、当然のことながら写真撮影はだめとのことでした。調査のためには「専用席」「優先席」という違い以外はなるべく同じような条件が望ましいので、関東圏担当の土橋さんには、混雑率が札幌に近い3路線を選んでもらいました。また、札幌での調査前には、(当時無職の)土橋さんに自腹で大変申し訳なかったのですが、東京から飛んで来てもらって、関東圏での調査と同じ条件でできるよう学生たちを直接指導してもらいました。

 土橋 関東圏では、かなり早起きして調査に向かいました。ひたすら駅間の往復を続け、数えるのですが、回し車にいるハムスターのように自らを感じたこともありましたね。

―― かなり興味深い結果が出たようですね。

 土橋 観測調査の結果、優先利用対象者の利用率、つまり専用席・優先席に座っていた人のうち、まさに専用・優先対象とみられる人の割合ですが、札幌93.4%、関東圏19.9%と圧倒的な差が出ました。つまり札幌では10人中9人が対象者なのに、関東では2人だけで、あと8人は違う人が座っていたのです。混雑度合によってこの率がどう変わるかも分析しました。関東圏では、すいているときは30%くらいだったのが、かなり混雑したときは10%以下に落ちました。一方、札幌は混雑度合にかかわらず90%以上が対象者でした。優先席・専用席の空席率も違いましたね。関東圏では混みだすとほぼ空きがなくなったのに対し、札幌ではかなり混雑しても半分空席でした。

 鈴木 公共交通機関のバリアフリー推進を呼びかける北海道運輸局のバリアフリープロモーターを務めています。当事者にお話を聞く機会も多いのですがと、「札幌の地下鉄は安心して乗れます。専用席のところにいけば、ほぼ空いているので」とのこと。特に視覚障がい者にその声が強いですね。

―― 「専用席」は、いつからあるのでしょう。なぜ札幌は「専用席」なのでしょうか。

 土橋 札幌の地下鉄が「専用席」となったのは1975年からです。関東圏では1973年の敬老の日に、国電に「シルバーシート」が誕生。札幌でも翌年1974年に「優先席」がお目見えしたのですが、対象の人が座れないことが多かったそうで、市議会でも問題となり、翌年には今も使う「専用席」という名前になりました。その市議会の議事録も調べました。つまり、こうした席が日本に現れた初期段階から、札幌では「専用席」なのです。そして文字通り「専用」として使用され続けているのです。

 鈴木 「専用席」という名称自体が独自なわけですが、ここに北海道らしさを感じます。北海道、特に人口の集中する札幌は、さかのぼればいろいろな都道府県の出身者が集まっているわけで、長年培われた慣習もばらばらです。だから、行間を読むような対応よりは、はっきりと共通のルールを決めることを好みます。地下鉄のように座席数がそれなりに確保されているのなら、「優先」というより「専用」とした方がすっきりするのでしょう。

―― ところで、ご自身の高校時代は、地下鉄は利用していましたか。

 土橋 夏は自転車、冬は徒歩と地下鉄で通っていました。でもそのときには「専用席」を意識したことはありませんでしたね。なにしろ、登校時刻ぎりぎりで、席に座ろうなんて考えがありませんでしたから。

 鈴木 同じく夏は自転車、冬は徒歩と地下鉄でした。乗り物にも興味があったのでたぶん「専用席」という名前が特異なことにも当時から気が付いていたと思うのですがね。ところで高校といえば、土橋さん、この研究でも六華のつながりをフル活用していましたね。

 土橋 なぜ「専用席」と「優先席」の利用状況がこれだけ違うのか。実は何かキャンペーンがあったのではないか。そこで、啓発活動の有無などについても調査をしました。札幌市職員の同期に、こうしたことに詳しそうな人を紹介してもらったり、中学校教員をしている1年後輩に学校教育現場での取り組みなどを調べてもらったりしました。いろいろ調べた結果、市民の声で「専用席」となったのは間違いないのですが、その言葉を浸透させるための啓発が行われたわけでもなく、教育現場で続いているわけでもなかったのです。とはいえ教員をしていた後輩はこうも言っていました。「自身の高校時代から『専用席は絶対座ってはいけない』という雰囲気があった」と。

―― 「優先席」という言い方に違和感があるという人もいます。本来、すべての席が「優先席」であるべきだと。どう考えますか。

 土橋 都市によっては「全席が優先席」としたうえで「最優先席」を設けているところもあります。でもその都市に調査に行きましたが、実態としては、優先対象外の人が座っていますし、全席が優先席とはなっておらず、普通の優先席のようでした。札幌の「専用席」のようにはなっていませんね。

 鈴木 札幌の「専用席」はいつも空席があります。対象者以外が座ると、ものすごく目立ちます。さらに、地下鉄以外の「優先席」でもなるべく開けておく傾向があるとも言えます。本当に使いたい(使わなければならない)人が使いたいときに使える、素晴らしい社会(雰囲気)が醸成されていると思います。

 土橋 「優先席」に座りたい優先対象の人が、自ら譲ってほしいことを示すことも大切と思います。私は障害者手帳3級を持っていて片松葉をついて外出します。青年海外協力隊員としてフィジーに派遣された1998年に交通事故にあい、左足のけがで半年以上入院しました。今も調子が悪くなって両手杖を使う時があり、電車で立っているのがつらいので、優先席に座っている人に自ら声をかけて席を譲ってもらうこともあります。声をかけられれば気持ちよく席を譲ってくれる人は結構いるのです。興味深い関東での意識調査があるのですが、高齢者などが「席を譲られたことがある」と答えたのは1割程度にとどまるのに対し、そうでない人が「席をゆずったことがある」と答えた割合は8割を占めています。逆に「“譲りましょうか?”と言ったのに拒否された」という声も聞いたことがありますが、“譲りましょうか?”の疑問文ではなく“どうぞお座りください”と立ち上がって譲れば”ありがとう”と言って座ってくれるでしょう。私は譲ってもらった時は「ありがとうございます」とお礼を言って座らせてもらいます。次の駅で降りるので必要がない場合でも「ありがとうございます。次で降りるので大丈夫です。」と言いつつ、降りる際には「(声をかけてくれて)ありがとうございました」と言うようにしています。そのことで声をかけてくれた方が次回も誰かに席を譲ってくれることを期待して。だから、お互い声をかけることで、もっと公共交通機関は気持ちよく使えるようになるはずです。

―― この研究のまとめとして、伝えたいことをお聞かせください。

 鈴木 去年から今年にかけてはオリンピック、パラリンピックイヤーでした。思い起こせば、札幌の地下鉄も1972年の札幌五輪に合わせて整備されました。東京五輪では競技を示すピクトグラム(絵文字)が話題となりましたが、ピクトグラムが最初に導入されたのは1964年の東京五輪でした。オリンピック、パラリンピックは、障壁をなくす「バリアフリー」やすべての人に優しい社会を目指す「ユニバーサルデザイン」についていま一度意識する絶好の機会ですし、それこそオリンピックのレガシー(遺産)になるはずです。私たちの生活にとって、移動は欠かせません。誰もが移動しやすい、誰にでも優しい社会を目指していくためにも、専用席の考え方はもっと広がっていいと思います。

 土橋 障がい者にとって、世の中には四つのバリアがあると言われます。物理的バリア、情報のバリア、制度のバリア、そして心理的バリアです。最近、特に話題になるのが心理的バリアです。専用席、優先席、一般席に限らず、より必要な人に席を気軽に譲れるか、譲れないかというのは、心理的バリアがあるからではないでしょうか。「知らない人には声をかけにくい」「譲ることが、かえって機嫌を損なうのではないか」と。しかし、例えばパラリンピックを通して障がい者の姿を知ることで、この距離を縮めていけるのではないでしょうか。競技から得た「感動」を一歩進め、感動から行動に移せることが、より暮らしやすい社会を作れるきっかけになるのではと思います。

【参考リンク】

論文

公共交通機関の優先席の実効性に関する考察
 札幌市営地下鉄の専用席と関東圏地下鉄の優先席の比較調査より

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jais/22/1/22_1/_article/-char/ja/

日本福祉のまちづくり学会 学会賞決定のお知らせ(選考結果・講評)

https://www.fukumachi.net/prize/history.html


鈴木 克典(すずき かつのり) 

北星学園大学経済学部経営情報学科教授。

北大大学院工学研究科博士後期課程修了後、駿河台大学助教授などを経て2006年から現職。専門は、交通計画学、都市・地域計画学で、札幌市等の各種委員会の委員も歴任。現在、日本福祉のまちづくり学会副会長も務める。

土橋 喜人(どばし よしと) 

宇都宮大学地域デザイン科学部客員教授。

国際基督教大学を卒業後、民間銀行、青年海外協力隊を経て英国マンチェスター大学修士課程を修了。その後、国際協力機構などでの勤務を経て、宇都宮大学大学院博士後期課程を修了。スーダン障害者教育支援の会の副代表理事でもある。