海外好き公僕技官としての経験をビールで味付けして広めています
吉井 厚志(南25期)
このたび、六華だよりの編集委員の方から寄稿のチャンスをいただきました。前回までの記事を読ませていただくと、素晴らしい皆様の貴重な話ばかりで、この原稿は場違いにも感じます。でも、せっかくの機会なので、広くお伝えしたいことを書かせていただきます。
わたしは、高校時代はバレーボールクラブに入り、いつもボールを追い回し、汗を滴らせながら体育館の床を這いずり回っていました。素晴らしい指導者である阿部浩羊先生(2018年ご逝去)に鍛えられ、とても貴重なチームメートと巡り合うことができて、楽しい高校生活を送ることができました。でも、クラブ仲間とばかりつるんでいて、同窓会の皆様には不義理をしていたと申し訳なく思っています。
高校卒業後、わたしは北海道大学の農学部で砂防工学を学び、北海道開発局や北海道で国土保全と環境保全の仕事に従事する公僕技官になりました。十勝岳や有珠山の火山噴火に伴う土砂災害や、石狩川や釧路川の洪水災害も経験し、諸先輩や仲間たち、研究者の応援を得ながら、その対策を現場で進めていました。
1988年から1991年までの2年8か月間、わたしはフィリピン、マニラにあるESCAP/WMO台風委員会事務局に派遣され、アジア諸国を駆け巡り、委員会運営と技術協力に従事する機会を得ました。東アジアの深刻な自然災害や難しい環境問題を目のあたりにし、日本の経験や技術だけでは対応できないもどかしさを痛感したのも事実です。いろいろな現場で国土をより安全で豊かにするためにどうしたらよいのか、わたしは考え込んでいました。
海外勤務から帰国した後も、行政と研究の現場で、同じ問題意識をもって国土保全と環境保全の仕事に取り組みました。そして、安全で豊かな国土を目指すためには、「国土のゆとり」として、空間的な余裕が重要であることに気づかされました。空間的な余裕があれば、自然災害を引き起こす現象を弱めることができるし、環境保全の可能性も広がります。余裕がないところで防災施設を構築しても、環境を良くしようとしても、制約が大きく限界があり、将来に禍根を残す恐れもあります。
そのことについては、2020年8月に「国土のゆとり」を上梓し、国土を空間的に俯瞰し、安全で豊かな国土を目指そうと提起しました。この本の執筆中にも、2018年に胆振東部地震で土砂災害が発生し、2019年には台風15号災害で全国的に大きな被害を蒙りました。そのような災害に対しても、国土の空間的な余裕を確保して有効に活用することが大事であると付け加えました。
「国土のゆとり」は、研究者や技術者など専門分野の方々に限らず、自然災害におびえ、環境問題を憂える皆様にも興味を持っていただきたいと思い、刊行したものです。しかし、この本は固くて重たくて、とっつきづらいとのご指摘もいただきました。
そこで、「国土のゆとり」の裏話として、2021年に「海外好き公僕技官のビール紀行」を発刊しました。これは、わたしが以前から書き綴っていた原稿をもとに編集したものです。家族とともにマニラに住み、生活と仕事に奮闘していた時期に、何かを残しておきたいと考えたのが始まりでした。でも、わたしごときの苦労話など誰も興味を持たないかと思い、ビール談義を中心に面白いネタを探し、受け狙いを目指していたのです。
また、帰国後も研究所勤務などの機会に海外出張が多く、海外のビールを楽しむことができました。どこにいても、家族や楽しい仲間と、美味しい料理を食べながらビールを飲んでばかりいたので、その経験も紀行文として書き加えました。
本書ではまず、東アジアのフィリピン、タイ、マレーシア、中国、香港、ラオス、ベトナムから、スウェーデン、ノールウェー、アメリカで堪能したビールを紹介しています。国内では、現場の仕事や霞が関とのせめぎ合いをビールの気晴らしで乗り越えたこと、2000年有珠山噴火でビールを我慢せざるを得なかった辛さも書き込みました。研究国際交流で訪れた、ニュージーランド、カナダ、オーストラリア、スロバキア、オランダでも、もちろんビールを楽しみました。
編集者からは、ビールの話なのだから、夏中に刊行すべしと尻を叩かれ、なんとか7月末に書店に並べることができました。独りよがりのビール話だけではなく、仲間と現場や海外で苦労し、工夫してきた経験にも触れています。各国でお世話になった方々、諸先輩や研究者の皆様から教えていただいた貴重な言葉も盛り込んだつもりです。きっと誰もが感じたことのある仕事の達成感や、そこかしこで飲んだビールの味が蘇ってくるはずです。
日本の国土は急峻で四方を海に囲まれ、台風や地震、火山噴火に悩まされ、深刻な災害を蒙ってきました。一方で、豊かな自然に恵まれ、四季を通じて美味しい食材が手に入る、素晴らしい国土ともいえます。そんな国土をさらに安全で豊かにしていくために、少しずつ地域からの努力を積み重ねていきたいものです。
それは日本に限らず、世界中に広めていくべき議論だと、わたしは信じています。そう思って、わたしは海外勤務を乗り越えてきたし、現場の仕事や研究国際交流に勤しんできたつもりです。美味しいビールを楽しむためのアリバイづくりともいえそうですが…。
吉井 厚志(よしい あつし)
1957年博多生まれ、札幌育ち。
札幌南高校25期。1979年北海道大学農学部を卒業し、北海道開発局、北海道、寒地土木研究所などで勤務。2015年から、六華同窓会南29期の畑中修平社長が経営する㈱ハタナカ昭和と萌州建設㈱で勤務しながら、「みずみどり空間研究所」主宰。農学博士
海外好き公僕技官のビール紀行の一節
「フィリピンどこでもサンミゲル」はこちらでお読みいただけます。
第100号 の記事
2022年3月1日発行