六華だより

酪農家のお仕事(四季にふれて)

第100号

椿 茂(南26期)

 札幌南高校を卒業してからかれこれもう46年も経過しようとしている。ほぼ半世紀である。同期の藤井健男君から今回原稿の依頼を受けたわけであるが確かに農業とりわけ酪農を実際に営んでいる同窓生はあまりいないと思われる。少なくとも私は他に誰一人知らない。単に希少価値のみで声がかかったと思われるがそんな珍しい南高OBもいるということです。というわけで今回は酪農家の仕事について少しばかり紹介したいと思います。

「冬」

 今まさに冬真っ盛り。北海道の農業は一般的には雪にほぼ半年近く埋もれて田畑の作業はできないが、酪農はそうはいかない。何しろ牛(主にホルスタイン種)動物が相手であるから一年365日24時間体制が必要となる。乳牛は成長したのち雌牛は妊娠し子牛を産んだ後に乳を出すようになるのであるがおおよそ毎年その繰り返しで10歳くらいまで働いてくれる。乳牛の妊娠期間は人と同じくらいで280日程だ。妊娠しながら10ヶ月以上も乳を出し続けてくれる、それを生乳としてもらい受け我々酪農家は生活しているといった具合だ。毎日毎日朝晩2回の搾乳は欠かすことは出来ない。家畜とはいえかなり大変な働きである。

 さてこの冬の季節は夏から秋にかけて収穫した粗飼料(牧草・コーンサイレージ)などの品質が安定している。また乳牛は比較的寒さには強く乳量・乳成分(乳脂肪・無脂固形等)ともに向上する時期となる。しかるに昨年末テレビ・新聞紙上で話題となった「生乳廃棄」回避の問題があった。コロナ禍により経済活動が低迷・学校給食等が停止するなか牛乳・乳製品の消費が落ち込み原料となるいわゆる生乳が処理しきれなくなり廃棄せざるを得ない事態が生じる危険性があるといわれていた。幸い各方面の方々・一般消費者の多大な協力により最悪の事態は回避できた。何しろ生乳生産は水道の蛇口を捻るがごとく簡単に多くしたり少なくできるものではないのである。かつては「生産調整」という名の下に過剰な手段を講じて減産した歴史が数回ある。しかしながらそののち生産を回復させるのには多くの時間と費用が必要となるのである。つい5,6年前を思い起こしてほしい、街中のスーパーの棚からバターが消えたことを。

 気温マイナス10℃でも子牛は生まれ元気に育つ。


 
「春」

 雪が解けて春になると畑の仕事が始まる。何か月も雪に閉ざされていても暖かくなり畑に陽炎が見え始め太陽の力強さを感じる頃になると「さあ、また今年も頑張ろう」という気がこみ上げてくる。そうやって40年以上もこの仕事をやってきた。乳牛には胃袋が四つありその機能を十分に発揮させるためにはいわゆる粗飼料が欠かせない。反芻動物がルーメン(第一胃)を持つ意義は『自分自身では利用できない飼料のエネルギーを微生物の力を借りて利用可能な状態にまで代謝させる』ことだ。普通、動物がエネルギー源として利用するのは炭水化物と脂肪であるが、炭水化物のうちデンプンや糖などはどの動物も利用出来るがルーメンを持たない動物(単胃動物)はセルロースやヘミセルロースの様な繊維質を分解する酵素を持たないためそれをエネルギー源として利用することはできない。元来牛は人間とは食物を競合しない。主に牧草・飼料用トウモロコシであるがその作付けを始めるのである。堆肥を畑に還元し耕起、整地、施肥、播種、鎮圧と一連の作業を一か月程で一気に進めていく。最近はトラクターの操作も進化し播種などはGPSを利用した自動操舵システムで半自動化されてきている。IT技術もこれからどんどん普及していくものと思う。

「夏」

 淡い緑色から濃い緑色変わっていく北海道の初夏はとても爽やかで気持ちの良い季節だ。この時期に牧草はどんどん養分を吸収して成長していく。牧草は種類により2~3回刈り取るのが通例である。刈り取って乾燥させロール状に丸めたものを保存飼料として蓄える。皆さんも北海道をドライブしていると道路脇の畑で見たことがあると思う。天候を読み十分乾燥させたいわゆる「乾草」に調整するのか生乾きのままでもフィルムで梱包しラップサイレージに仕上げるのか。この時期天気予報の情報収集には最大限の注意を払う。良質な粗飼料の確保が生乳生産に直結する。

 近年の夏はやや暑すぎるきらいがあり時には干ばつ被害を受けたり暑さに弱い乳牛には試練の年が続いている。さて今年の夏はいかに。

「秋」

 さていよいよ収穫の秋到来。飼料用トウモロコシの収穫となる。飼料用トウモロコシは「デントコーン」というのであるが夏から秋にかけての成長は著しい。ザワザワ音を立てて伸びていく。草丈3m以上にもなる。ハーベスターという機械で実も茎葉もすべて10mm程に細断しサイロに貯蔵するのである。北海道酪農といえば塔型のサイロが象徴的になっていたが、昨今はバンカーサイロといって地面に仕切りの擁壁を設置しその中に運び入れ鎮圧してサイレージにして保存する方法が主流である。

 酪農とは「土づくり(土壌)」 「草づくり(植物) 「牛づくり(動物)」の循環で成立している産業である。それらを具体的に実践していくには気象・機械・獣医繁殖学・経営・市場経済等多岐にわたる知識・経験を必要とする。とても奥深い面白い仕事と言えよう。

 搾乳できなくなった乳牛は最後は肉を提供してくれ一生を終える。誠にありがたい話である。仕事をする上で知識や技術も当然必要であることは言うまでもないが一番大切なことは牛(動物)への『愛情』である。最近特に感じていることである。

椿 茂 (つばき しげる)

株式会社椿牧場 代表取締役

北海道大学大学院(獣医学専攻)修了(1984年)。
アメリカ・カナダにて二年間の酪農実習後就農(1986年)。北海道千歳市において戦後開拓地の二代目として酪農を引き継ぐ(1988年)。新千歳空港から一番近い北海道の酪農牧場経営 飼養総頭数250頭・総経営面積42ha