六華だより

熱狂を「処方」する〜YOSAKOIソーランが拓く健康と未来〜

第108号

守屋 俊甫(南55期)

 「踊り」が、日本の超高齢社会を救う処方箋になる。そう言ったら、あなたは驚かれるでしょうか。南55期の守屋俊甫と申します。私は現在、「エンタメで人と社会を健幸に!」をコンセプトに、健康運動指導士として活動しております。筑波大学大学院にてスポーツ医学を専攻し、現在は『モリモリ博士(守屋俊甫)科学するソーラン節』というYouTubeチャンネルを運営、登録者数は4万人を超えるまでになりました。今回、この誌面をお借りして私が伝えたいのは、YOSAKOIソーラン(以下、YOSAKOI)という踊りは単なる祭りや、ダンスの1つではなく、社会課題(健康・介護)を解決する手段だということです。こう書くと、さぞかし昔からYOSAKOI愛に溢れた生徒だったのだろうと思われるかもしれませんが、実は全く逆でした。私は高校時代、「完全アンチYOSAKOI」だったのです。

甲子園とノイズ

 私が南高の門を叩いたのは、中学2年生の時に見た「南高の甲子園出場」に心を奪われたからでした。「自分もあの場所で野球がしたい」、その一心で入学し、迷わず野球部に入部しました。私たち野球部員にとって、6月という時期は夏の大会を目前に控えた敏感な季節でした。そんな時期に、大通公園で鳴り響く爆音と喧騒。当時の私にとって、YOSAKOIはノイズでしかありませんでした。街中が熱気に包まれる中、私はその輪の外側で、冷めた目を向けていたことを思い出します。あの頃の自分にとって、将来その「ノイズ」の正体を研究し、一生の仕事にするとは、夢にも思っていませんでした。

夢の断念と再起

 私は筑波大学へ進学しました。進学理由は、アスレティックトレーナーになる夢を叶えるためでした。さらに2000年の甲子園出場時に主将を務めていた田畑広樹さん(南51期)が、当時の硬式野球部で4年生として在籍されていたことも大きな理由でした。私は同じグラウンドで野球ができると思っていたのですが、なんと私は結果的にアメフト部へ入部しました。1年後、私はトレーナーとして活躍する未来を描ききれず夢を断念し、アメフト部の過酷な環境にも限界を感じたため退部を決意しました。このとき私は人生で初めて「目標がない」生き方をし始めました。
 
 夢も、打ち込むべきスポーツも失った私は、「筑波大学すら退学して、別の人生を歩もうか」と真剣に悩みました。大学に残ったもののいざ就職活動の時期を迎えても、やりたいことが見えない。完全なモラトリアムの中にいました。「このまま社会に出るわけにはいかない」...そんな漠然とした不安から逃げるように、明確な意思もないまま大学院への進学を決めました。何かを見つけたい、その一心でした。

 転機は突然訪れました。当時代表を務めていた「北海道民会」という学生組織の活動で、学園祭のステージに立ち、故郷の文化であるソーラン節やYOSAKOIを踊ることになったのです。いざ身体を動かし、仲間と声を合わせると、身体の奥底から熱いものが込み上げてくるのを感じました。かつて毛嫌いしていたYOSAKOIが、目標を失い空っぽになっていた私の心に、再び火を灯してくれたのです。「これだ」という直感が、私の背筋を走りました。

 

研究者とYouTuberの二刀流

 「直感」を「確信」に変えるため、私は研究の道へ邁進しました。大学院では、かつてノイズだと思っていたソーラン節 / YOSAKOIに対して医学的・科学的なメスを入れました。そこで私は2023年に学術誌「体力科学」にて、YOSAKOI実践者が非実践者に比べ、下肢筋力が有意に高いことを論文発表しました。現在は、統一的な準備運動やコンディショニング方法の体系化に向けた科学的根拠に基づいた準備運動プログラムを開発する研究を進めています。


  しかし、研究を進めるほど、痛感することがありました。どれほど有用な研究成果やリスク管理の知見を得ても、論文にまとめるだけでは、現場で汗を流す人々には届かないのです。「正しい知識と安全な体の使い方を、楽しく、今すぐに届けたい」。その想いから選んだ手段が、YouTubeなどのSNSを通じたインフルエンサー活動でした。学術的なバックボーンを持ちながら、あえてエンターテインメントとして発信する。この「研究者×インフルエンサー」という二刀流は、予想以上の反響を呼びました。
 
 2020年以降はWEBメディアやテレビからの取材も急増し、2025年4月にはNHK Eテレ『天才てれびくん』に「ソーラン節研究者」として出演する機会もいただきました。「ただ楽しいから踊ろう」ではなく、「医学的に体に良いから、正しく踊ろう」。そう理論武装することで、これまで関心のなかった層にもアプローチし、メディアという拡声器を使って研究室の壁を越えた発信を続けています。

「文化」を「健幸インフラ」へ

 最後に、同窓生の皆さんへ私の野望をお伝えして筆を置きたいと思います。正直に申し上げれば、かつての私がそうだったように、YOSAKOIには急速に拡大したがゆえの「近くて遠い存在」という側面がまだあると感じています。しかし、祭りが始まり2026年で35回目。いまや学校現場では、YOSAKOIやソーラン節は当たり前のように行われています。子供の頃に踊った記憶を持つ世代が、社会の中心になりつつあるのです。

 私は、学校で経験したその「踊り」を、大人になっても表現できる場を創りたい。日常から離れ、自分という存在の新たな一面を解放する瞬間は、自分自身を肯定し、生まれ育った札幌や北海道を「ふるさと」として愛するきっかけになるはずです。「北海道民なら、誰もが知っている」。この圧倒的な認知度は、地域の健康を守る最大の武器になります。

 私の目標は、YOSAKOIを「ラジオ体操」のような、誰もが気軽に実践できる「健康インフラ」に進化させることです。そして、「札幌が好き、北海道が好き」と胸を張って言える人を一人でも増やすこと。かつて大通公園の喧噪に背を向けていた野球少年は、その熱狂のど真ん中で北海道を世界イチの健幸 = ウェルビーイングな地域にするために走り続けています。六華の精神を胸に、これからも「元気モリモリ」に研究と発信に挑み続けます。

守屋 俊甫(もりや しゅんすけ)
 
健幸エンターテイメント株式会社代表取締役 / 星槎道都大学 特任講師。「モリモリ博士」の愛称で筑波大発・健幸エンターテイナーとして活動中!「科学×笑い×演舞」で日本を健幸に導く講演家。安全大会・企業研修・人権講演(妻Kazunaと登壇)など、全国各地で活動中。

公式WEBサイト https://drmorimori.com/