タジキスタンでラーメンを。
竹田 勝男(南24期)
2022年コロナの最中、レストランサッポロは、タジキスタン共和国の首都ドゥシェンベで中央アジア唯一のサッポロラーメンの店として開業しました。
物語の始まりは2013年に遡ります。私は1993年からニューヨークの金融界で働いており、2001年に起きた9・11テロの後、2002年に当時ニューヨークでご勤務されていた11期の増田捷紘先輩、24期同期の武藤芳治さん、舟山宏信さん、そして38期の熊谷均さんのご協力を得てニューヨーク北海道ゆかりの会を再発足しました。(1997年、日本で債権回収機構の発足と共に、それまで道銀さんと拓銀さん主導のニューヨーク北海道ゆかりの会は休眠状態でした。)そして2006年に増田さんがご帰国の後、ニューヨーク六華同窓会を引き継ぎました。
そして2013年、37期の鎌田崇さんがニューヨーク日本総領事館にアフガニスタンご勤務の後ご赴任されて来ました。その後領事館主催のパーティーで知己を得て、主にニューヨーク六華同窓会の仲間と共に親交を深めました。鎌田さんは中東専門の外交官で、ニューヨークご赴任の前はアフガニスタン及びイラン始め中東各国で任務されていらっしゃいました。ニューヨークにはたぶん外務省の計らいで一時滞在されていらしたのだと思います。その鎌田さんがニューヨーク勤務終了後2015年にタジキスタン共和国に臨時大使としてご赴任されました。
モンゴルには行ったことがありましたが中央アジアにはまだ行ったことがなかった私は、早速2016年春、妻を伴ってイスタンブール経由でタジキスタンの首都ドゥシェンベに鎌田さんを訪ねました。鎌田さんは私共をレッドカーペットでお迎え下さり、アスラムさんという20歳のガイドさんと20代後半のパミール高原出身のイスパンディオールさんというドライバー付きでSUVをご用意して下さいました。その車に乗って首都ドゥシェンベからタジキスタン第二の都市ホジェンドまで5000m級の山を二つ超えて旅行しました。
道中、アレキサンダー大王が東征の際立ち寄ったイスタンダールという湖の辺りで昼食を摂り5000m級の山の山中では2000頭あまりの羊の群とも遭遇しました。ちなみにタジキスタンはシルクロードの上にあり、北にキルギスタン、カザフスタン、西にウズベキスタン、南にアフガニスタン、パキスタン、東にパミール高原を隔てて中国と言うユーラシア大陸のへそに位置します。東征を試みたアレキサンダー大王はパミールに行く手を阻まれ、ホジェンドの王女オクサナ妃と結婚、その後、南下してインドの象軍団に敗れて西へ戻りましたし、お釈迦様の涅槃仏が現存する西辺もドゥシェンベで、ここタジキスタンはユーラシア大陸の東西の分岐点と言えます。
1990年ソビエト連邦崩壊後、6年の内戦を経て1996年に現在のタジキスタン共和国として独立しました。現在も大統領を務めているラモン大統領は、中央アジア5か国の中で唯一ソビエト崩壊後一貫してタジキスタンのトップを務めています。地政学的に大変重要な位置にあり、2001年に中国とロシアが主導して発足した上海ファイブ(上海協力機構)の正規加盟国、中国、ロシア、カザフスタン、キルギスそしてタジキスタンの内の一か国です。
さて、前置きが長くなりましたが、首都ドゥシェンベに2022年に開業したレストランサッポロに話しを戻します。
2016年に鎌田さんを訪ねてタジキスタンに訪問した後、私のガイドを務めてくださったアスラムさんとは不定期にEメールで情報交換をしていましたが、2020年3月にコロナが勃発して3月18日から自宅勤務が始まり、アスラムさんと電話及びズームで会話する機会も増えました。その際、ドゥシェンベで日本のレストラン開業の話しが出て、2022年にレストランサッポロが開業されました。実質的にはアスラムさんが全ての準備と業務を行いました。ちなみにアスラムさんはドゥシェンベの語学大学で日本語を学びその後2年間新潟大学で日本語を学びました。ビジネスの才能も有り大変誠実で優秀な方です。
レストランサッポロの当初の目標はラーメンを1日100杯売る店にする事でしたが、現在の売れ筋は1番がおにぎり、2番ラーメン、3番ロールスシ、そして4番がチキンカツで、3年目にしてようやく黒字化に成功しました。イスラム圏でもあり、豚は食べず、又水も違うのでラーメンの味を整えるのに苦戦しましたが現在はチキンベースのしょう油味で中々の味に仕上がっています。
ドゥシェンベには日本大使館、JICA、日本語学校等もあり、日本人バレエダンサーの方々も多数バレエ研修の為滞在されており、皆さんの想像以上に日本との繋がりが深いところです。
今後は中央アジア5か国の首都にそれぞれ一店舗づつ出店し、5か国制覇したいと思います。
2023年に7年振りにドゥシェンベを訪ねましたが中央アジアの発展には目を見張るものがあり、この7年でタジキスタンも大きく変わりました。今後10年で益々中央アジア5か国は発展すると思われます。皆さんの中でも現在のタジキスタン、中央アジアを自分の目で確かめたい方がいらっしゃいましたらご連絡下さい。ドゥシェンベ在住のアスラムさんが皆さんを暖かくお迎えします。レストランサッポロのラーメンをユーラシア大陸のど真中タジキスタンの首都ドゥシェンベで是非味わって下さい。
皆様のご来店を心よりお待ち申し上げます。
最後に、このきっかけを造って下さいました鎌田崇さんに心よりお礼申し上げます。鎌田さんのご友情とご親切がなければレストランサッポロは生まれませんでした。
これが北海道とタジキスタンとの友好促進、経済協力そして発展につながることを切に願います。

5年間のススキノ勤務の後、79年、同期の小林久志さんと少林寺拳法の宮本さんを頼ってアメリカへ留学。夏休みはアラスカで鮭漁のバイト。83年大学卒業後,85年迄アラスカ/北欧で鮭と鰊の買い付け,86年大学院卒業後,金融界に転出、現在ニューヨーク勤務。既婚,息子二人,趣味は坐禅、バスケ、麻雀








第108号 の記事
2026年3月1日発行