キタホウネンエビをご存じですか?
守屋 開 (南21期)
高校では、70年安保、学園紛争の余波で卒業式のなかった学年です。大学で、理学部生物学の動物学を専攻し、大学院では、水の中の生態系や個体群生態学を、環境科学的に研究を進めてきた。私の研究に必要なものは、プランクトンネットと顕微鏡。あとは、時間があれば良い。そういうことから長期に休みをとれるという下心もあり、教員になり研究も進めたいと思い、高校の教員となりました。退職して久しいですが、まだ、眼が霞んでいませんので、楽しく続けている趣味的な調査の世界を聞いてやってください。
雪解けの水溜まりを覗いたことがありますか?
色々なプランクトンがひしめき合って暮らしている水溜まり。そんなところを未だに興味をもって、調べています。
Fairy shrimp と呼ばれるキタホウネンエビをご存じでしょうか?
キタホウネンエビ(写真)は甲殻綱無甲目、つまり、エビやカニの仲間で殻をもっていない原始的なグループに属している。春先の雪解け水に一瞬現れる珍しい妖精のような儚い生活史のエビの仲間です。シーモンキーと呼ばれるアルテミアに近い生き物です。
石狩湾沿岸に広がるカシワ林の窪地に春先、融雪水が溜まります。キタホウネンエビの生息域は、春先だけ形成される融雪プールが舞台です。地形図には現れないような窪地を探さないと場所が特定できません。闇雲にカシワの林の中を歩いても水が溜まるところを見つけることはかなり難しい。そこで、航空写真から水が溜まるところを確認するのです。水が長く溜まれば、樹木が育ちにくいことから、草原のような窪地が見つかります。そういう窪地を探せば、春先の一時期に水がたまっていることを確認できるかも知れません。実際にカシワ林に入り、現地調査を行い、雪解けの3月下旬から候補地に足しげく通い、雪を何か所も掘り返し、水の溜まりだした場所を発見した時には、感激したことを思い出します(写真)。
Fig.1のように帯状の細長い融雪プールが何か所も形成されます。なぜ、海岸線に平行に細長いプールができるのでしょうか?それは、縄文時代、今より暖かく海の水が、ずーっと内陸まで入っていた頃、この場所は、浅い海の底だったのです。これを縄文海進と言います。波の打ち返しによって、浅海底の砂が波に揉まれ、尾根の高まりの部分と低い谷の部分が数mおきに海岸線に平行にローリングした砂の地形が出来上がるのです。その後、少し海の水かさが減り、現在の海岸線までに後退し、浅い海底の地形がそのまま残って、石狩海岸平野が出来上がったことになります。こんな歴史があったのです。

さて、海岸が後退すると雨によって干上がった陸地は塩分がなくなり陸上の植物などが生え、現在のような植生になっていきました。それでは、水の中の生物を見てみましょう。単細胞生物や多細胞生物でも体積の小さい生物は、周りの環境に影響を受けやすいので、水中で生活する種類が多い。それは、比熱の大きい水中では、温度変化が小さく化学反応においても一定の速度を保つことができるので、生命活動が安定し、無駄なエネルギー損失も少ないことになる。そういうところに、小さなプランクトンが暮らしているのです。
一般的に、水生生物に影響を及ぼす環境要因は、水温、pH、塩分濃度などであり、キタホウネンエビの生息環境についても調べてみました。特に水温の影響が大きかった。実際に融雪プールにおいて、水温と生息プランクトンとの関係は密接な関係がある。シベリアやアラスカなどに生息する冷水好性の北方系の種類や熱帯アジアなどの温水好性の南方系の種類が石狩海岸の融雪プールに両方とも生息している。春先は0℃に近い水温から、初夏に近づくと30℃近辺の水温になる。小さな水溜まりほど水温の変動は大きい。水温が10℃以下で非常に多くなる種類や15℃前後で出現する種類、20℃を超えてから出現する種類などがある。その中で、低水温時に出現する種類の代表がキタホウネンエビとノルドディアプトムス・アラスカエンシスである。本州の初夏の水田などに現れるホウネンエビとは異なる冷水好性種である。融雪プールは、夏場に成長した植物の枯れ草が腐食し、腐植質の少し褐色の泥炭水のような水溜まりになる。融雪プールは、腐植栄養型湖沼に似た環境を持ち、水の溜まり始めはpH 6前後の弱酸性の水体である。また、海岸地域ではあるが、風送塩による大きな影響はあまりない。

海岸線に近い窪地の水溜まりでは、若干塩分濃度が高いが、石狩砂丘の内陸側では、塩類による強い影響は出ない。環境としては、あとは、水の湛水期間が重要になる。水の存続期間が短いと、入り込むプランクトンの種類も減少する。特に、キタホウネンエビが産卵するまでには40~50日が必要である。同じ水溜まりに生息するアラスカエンシスもほぼ同じ生育期間を必要とする。では、キタホウネンエビは、どのように暮らしているのであろうか(Fig.3)。氷の下の0℃の冷たい水の中で、耐久卵から孵化し、ほぼ1か月くらいで成体になり、40~50日で桜の咲くころに耐久卵を産卵し、儚い一生を終えるのである。産卵された卵は、水がなくなり、乾燥する。つまり、乾燥に耐えるのである。また、夏の炎天下の高温にも耐え、雪が積もる前の低温にも耐えるのである。そして、また、春先の融雪水が溜まると孵化が始まる。しかし、夏に台風などに伴う大雨が降り、いくら水が溜まっても卵から孵化しない。水温などが効いてくるのであろう。条件を揃えて孵化実験を行ってもなかなか思うような結果を見ることができない。耐久卵が何年生き延びるのかも知られていない。
いつ、石狩にキタホウネンエビが棲むようになったのであろうか。
氷河期も終わり、陸上の氷も融けて海の水かさが増し、今から7,000年くらい前の石狩あたりは、一面の浅い内湾であった。この時期が縄文海進と言われる時期である。そういう時期が暫く続いた後、気候の変動もあり、縄文海進の終わり頃、今から5,000年くらい前には、海退が始まり石狩の海岸あたりも沖の方まで海岸線が後退し、今と同じような形の海岸線になっていった。その頃、春先の融雪時期に低いところに水溜まりができ、白鳥やガン・カモの仲間が羽を休める。その足や羽毛にキタホウネンエビやアラスカエンシスなどの卵が付着して水溜まり間を移動したのかも知れない。多分、カモ類の渡りとともに移動してきたものと思われる。そこで、カモ類の渡りを調べてみると、種類によっては、繁殖地がシベリアの西寄りの地域であったり、シベリアの東寄りからカムチャッカであったり、アメリカ中南部からアラスカであったりするのである。千島列島にもキタホウネンエビの近縁種の生息が知られている。千島列島経由でこの仲間が移動したり、樺太経由で日本列島の分布に影響を及ぼしていると思われる。
キタホウネンエビと同時に出現するアラスカエンシスという名前からも寒いところに適応したプランクトンが、石狩の水溜まりにも入り込んでいるのである。もっと北の寒い地方が起源で徐々に石狩に入ってきたのか。それとも今から1万9,000年前の氷河時代にもっと南の氷河が融ける周氷河の地域で進化して、氷河の後退とともに北上して入り込んだのかは分からない。
つまり、北から避寒のために冬鳥として渡ってきたものに付着して入り込んだのか、南から繁殖地へ向かう北帰行により入り込んできたものなのか、そこは、十分に調べなければならないところであるが、興味が尽きないところである。
足や羽毛に耐久卵が付着してもたらされることは十分に考えられることであるが、カモ類が水草や枯れ葉などを食べて、付着した耐久卵も消化管に入り、何日も体内に存在し、渡りによって長い距離を移動することも考えられる。そこで、円山動物園にお願いをして、水鳥の消化管を通っても耐久卵が生存可能か調べることにした。しかし、キタホウネンエビの卵を多数集めることは不可能なので、類似したシーモンキー(アルテミア・サリーナ)の耐久卵を利用して実験した。実際にガン・カモ類の餌に耐久卵を混ぜて与え、糞を回収し、糞の中から、耐久卵を取り出して孵化を試みた。結果は、シーモンキーの子供が孵化してきたのである(未発表)。また、シーモンキーの耐久卵を塩酸で処理し、ペプシンを使ってタンパク質をいくらか分解した後、孵化実験を行うと、孵化することが分かった。鳥の消化管を経ても耐久卵は、孵化する能力を保持しているものもあると思われる。分布を広げるには、好都合であろう。
キタホウネンエビは、世界や日本のどこにいるのだろうか?
キタホウネンエビは、外国からの生息分布は報告されていない。今までで、唯一情報があったのは、下北半島のむつ市近郊の小さな水溜まりに生息しているらしいが、発見された方との連絡もままならず場所が分からない。では、北海道には石狩以外にもどこかに棲んでいるのではないかと、何十年もかけて、200か所以上を調べたが発見することができなかった。春のほんの一時期に調査をしなければ、生息していたとしても調査時期が少しでも異なるだけで見つけることができない。毎年5月の連休前後の調査を、海岸線を中心に全道くまなく調べました。見込みのありそうな道南の静狩湿原、利別川河口周辺、尻別川河口周辺、朱太川河口周辺、白老のヨコスト湿原、勇払原野、鵡川や沙流川河口周辺、道東の霧多布湿原、釧路湿原、湧塘沼近辺、根室半島低湿地群、オホーツク海岸の湖沼群近辺の湿地、道北オロロンラインの有望地など、他多々ありますが、キタホウネンエビもアラスカエンシスもいなかった。ただ、生息していないということを証明することは難しい。いれば、いたという事実があるが、いないのは、なんとも確定できないのである。私の年も取るし、見つけるのが先か、こちらが死んでしまうのが先か、プランクトンのデータはあるが未発表である。あきらめかけていた時、ついに、やっとキタホウネンエビを発見した。2013年5月13日のことである。



人知れずここに生きていたのかと、感激した。ふっと顔を上げると白い利尻富士が日本海に浮かんでいた。稚内のすぐそばの夕来という場所にキタホウネンエビがいたのである。しかし、翌年からも毎年探しに行ったが、水が溜まらず、だめであった。
もう一度、2024年に水が溜まった。調査に行った4月26日には、残念ながらキタホウネンエビは見つからなかった。耐久卵が、10年以上も経つと孵化できないのであろうか。いないことを証明するのは難しい。そこで、もう少し水が少なくなる1週間後にもう一度調査に行って確かめてみようと考えた。1週間もしたら水が干上がっているかも知れない。水が先に無くなってしまうかもしれないという不安に駆られながらも5月4日に再度稚内の夕来に調査に赴いた。水溜まりが、ほんの少し残っていた。水溜まりを覗き込むと、褐色の水の中で、大きなキタホウネンエビが、優雅に背泳ぎをして迎えてくれた。アラスカエンシスも生息していたのである。耐久卵は、少なくとも11年の歳月、乾燥などに耐えたのだと思われる。生き物って、凄い!と感極まる。
これとは別に、研究者のグループとともに、日本近郊のロシアハンカ湖で見つかった種類、鳥海山や知床から見つかった種類をDNA解析により、キタホウネンエビの近似種の新種として発表。この後は、日本および近隣に棲むこの何種類かのキタホウネンエビの仲間が、どのように日本で分布しているのか、どのように種分化してきたのか興味が尽きないところである。
今後とも分布と進化について考えていこうと、趣味の世界で楽しく思いを馳せている今日この頃です。
もし、キタホウネンエビの仲間を見つけたという情報がありましたらご一報願います。

1952年、道南の豊浦町生まれ
北大理学部卒業後、同大学大学院環境科学研究科を経て、高校教員になる。札幌旭丘高等学校長で退職。
現在 札幌市立大学非常勤講師、札幌市環境教育リーダーなどをしています。
日本生態学会員、日本陸水学会員、常に様々な自然に親しんでいます。








第108号 の記事
2026年3月1日発行