六華だより

“純ドメ”から一念発起してMBAへ─ウォートン留学記

第93号

“純ドメ”から一念発起してMBAへ─ウォートン留学記

山田 聡(南54期)

 私は、札幌南高校から東大農学部へ進学後、2008年に三菱商事に新卒で入社しました。その後7年間、自動車事業本部で海外における日系自動車の販路拡大・販売事業に従事しました。三菱商事が出資する海外事業投資先の経営支援に携わるために、ロシア・モスクワにも1年間駐在しました。

 ロシアは、経済や人材の勢いがある新興国といえます。欧米で一流の教育を受けてきた若者もおり、彼らは経営幹部候補として成長したいという意欲が高く、非常に優秀です。また、ロシアは欧米式のビジネススタイルを取り入れています。たとえば終身雇用を前提としない役職・能力ベースの人材配置や、個人の業績と紐付けられた報酬設計、短期契約を前提としたプロフェッショナルベースの経営者人材などがみられます。

 欧米式と日本式、どちらのスタイルが良い悪いというつもりはありません。欧米式は大きな戦略の舵取りや短期での成長に対しての“爆発力”が強い一方、日本式には経営やオペレーションの地道な改善、また中長期的な経営の安定感に強みがあると感じています。昨今、技術的変革や地政学的な不安定感といった様々な要素により社会の変化の速度が速くなっている中、こうした欧米式のスピード感のある経営の重要性は増してきていることも事実です。

 こうした経験から、日本式と欧米式、それぞれのビジネス上の強みをかけ合わせることが重要ではないかとの発想が生まれました。また、今後の日系企業や日本経済にとって、実用的でグローバルなビジネスと経営の舵取りができる人材の必要性を感じました。そして自身が日系企業と海外ビジネスの架け橋となれる経営者を目指したいと思うようになり、その一歩として米国のMBA取得を目指すことに決めました。幸い三菱商事にはMBAへの社費派遣制度があり、社内選考を合格した数名が毎年欧米のビジネススクールに派遣されています。私もこの制度を利用し、2015年~2017年まで北米のトップスクールであるウォートンに留学しました。

苦労した「スピーキング力」の磨きかた

 ウォートンに合格するには、ディスカッション中心の授業についていくための高い英語力や論理的思考力が問われます。具体的には、一次選考でTOEFLやGMATといった、それぞれ英語力と論理的思考力を測る試験結果の提出が求められました。とくに英語圏の在住や留学経験のない、いわゆる“純ドメ”の私は、TOEFLのスコア取得に苦労しました。TOEFLはリーディング、リスニング、スピーキング、ライティングの4つのセクションにわかれており、それぞれが30点で合計120点満点の構成です。米国のトップスクールの足切りラインは105~110点ですが、日本人はスピーキングに苦労する受験生が多いのが実情です。

 例にもれず私もスピーキングに苦労しましたが、これは日本の学校での英語教育がリーディングやリスニングといったインプット中心で、アウトプットであるスピーキング時間が少ないことが原因だと感じます。同じアジアの韓国や中国などの学生と比べても、日本人はスピーキング力が弱い傾向にあると思います。私はこの点を少しでも克服するために、TOEFL受験中はスカイプを使用したフィリピン人講師との英会話を毎日30分続けました。また、常にテープレコーダーを持ち歩いて、電車での移動時間に英語を吹き込み、その内容を聞き返すことで発音やリズムの改善点をチェックするようにしていました。はたから見ると、1人でぶつぶつ呟いている怪しい人に思われていたかもしれません。しかしこの隙間時間の利用は、いままでの会話の絶対量の不足をカバーするために非常に有効でした。

 一次選考では、TOEFLやGMATのスコア提出に加えて、小論文(エッセイ)の提出が求められます。エッセイの内容は大学ごとに違いますが、基本的には「なぜMBAを取得したいか」「いままでのキャリアにおける失敗談や、リーダーシップの経験」などを具体的に記すものです。周囲の人を巻き込む力や、失敗から学ぶ資質を見ることで、将来的には多くの利害関係者を巻き込んで社会に影響を与えられるリーダーになれるか、という点を確認しています。

 TOEFLやGMATのスコアは受験者の足切りとして使われますので、それさえクリアしていれば、“エッセイでの差別化”が一次選考突破のための鍵になります。学校側は毎年何千ものエッセイに目を通しますので、いかにユニークで深掘りされた内容を書けるかが重要です。私の場合は、ロシアで苦労しながらも小さな実績を積み重ね、現地社員の信頼を勝ち取りながらビジネスを引っ張っていった経験をエッセイに落とし込みました。そうしてリアルな新興国での現場経験を書くことで、米国の一流コンサルティングファームや投資銀行出身の受験者たちと差別化したんです。実際にウォートンに入ってから気づいたのですが、教授からだけではなく、ほかの同級生とお互いのビジネス経験をシェアしながら学ぶ機会が多くあります。ですから学校側も合格者に多様性を求めており、そのため私が新興国での経験をアピールしたのは有効な戦略だったと感じています。

 一次選考を突破すると、二次選考である面接へと移ります。大半の学校は面接官や卒業生との1対1のインタビューを通して、リーダーシップや論理的思考力や語学力、校風との相性などを確認します。ウォートンは同級生同士が協調して学ぶことを重視しているため、6人一組でのグループディスカッションをおこなっています。そこでは、初対面のメンバーとの英語での議論にいかに貢献することができるかが評価されます。慣れない形式でしたので、私は事前に何度も模擬面接をしてから臨みました。このプロセスを通じて、議論を先頭に立って引っ張るだけでなく、少数派の意見を拾い上げたり、異なる意見を合わせて新しい考えを提案したりするなど、グループディスカッションにおいてさまざまなリーダーシップの形があることを学びました。

MBAは最大のキャリアチェンジ

 次に、入学後についてお話しします。1回目の授業は、2015年8月からはじまりました。最初の1ヵ月間はPre-Termと呼ばれ、大学のオリエンテーションや同級生との交流の時間、リーダーシップやチームワークに関する基礎的なプログラムが用意されていました。このPre-Termは約10年前まで「数学キャンプ」と呼ばれ、演算能力や統計基礎をカバーするための期間だったようですが、最近ではチームワークの教育に力を入れています。これは、多様性あるチームのマネジメントが大事だ、という認識が学校側にあるからです。リーマンショックの際に多くのウォートン卒業生が業界のトップとして関わっていたことへの反省もあります。そのため、「将来の経営者たるもの、短期的な利益追求に走らず、多様な価値観を大事にしなければならない」といった考えが背景にあるようです。

 同級生の構成は、約65%が米国人で、残りの約35%が留学生です。とはいえ、留学生は学部時代に英語圏で学んだ経験がある人や、仕事で米国に長く住んでいたことのある人がほとんどなので、彼らの英語力はほぼネイティブに近いレベルです。そのため入学当初、私は英語での議論やグループワークについていくのに非常に苦労しました。しかし同級生たちは、能力的に劣っていても挑戦する私に協力的かつ寛容でした。彼らから率直なアドバイスをもらえたことは、大変ありがたい経験となりました。そうしたなかでどのように貢献できるかを考えたすえ、ケーススタディでは要点の事前整理や詳細の分析で貢献するようになり、チーム内での存在感を徐々に増していきました。

 全体の学生に占める日本人の比率は約1%です。いまの世界経済における日本のプレゼンスを反映しているようで少々さみしく感じます。多いのは中国人とインド人で、かつての日本人同様それぞれ6~7%です。ただ入学審査官いわく、日本からの受験生の合格率は他国に比べて特段低いわけではなく、そもそも受験者の母数が少ないからとのことなので、今後留学を志す人がまた増えることを強く望んでいます。

Wharton SchoolのStudyグループのメンバーと卒業式での写真

ウォートン卒業後のキャリアは?

 学生のMBA入学前のバックグラウンドは、金融、コンサルティング会社、事業会社の主に3つに分割できるでしょう。卒業後の進路には、金融、コンサルティング会社、IT企業が多いですが、最近は在学中もしくは卒業後に起業する人も増えてきています。日本人の場合は、企業からの社費派遣生も一定の割合でいます。その場合は元いた会社に戻ることが前提ですが、米国人やほかの留学生のなかには、MBAへの進学を“キャリアチェンジの機会”と捉えている人も多くいます。

 米国では転職する場合、一般的に3つの切り口、country(働く国)、function(仕事上の役割)、industry(業界)のうち、「いくつ変えるか」で判断するのが重要と言われています。たとえば通常の転職であれば、3つのうち1つを変えるのが限界とされますが、MBAを取ることは2つを同時に変えるチャンスと言われます。場合によっては3つとも変えようとする人もいます。最近では同級生と夜遅くまで宿題の内容を議論した後に、こうした将来のキャリアについて朝まで語り合うこともあり、非常に良い刺激を受けました。

 実は最近、米国でも「MBA式の考えかたは古くなってきている。とくにテクノロジー系のスタートアップやイノベーションの潮流のなかでは、MBAは役に立たなくなりつつある」との声もあるようです。しかしビジネススクールも、テクノロジーを活用したビジネスの構築やビッグデータ、フィンテックのようなビジネストレンドに即したテーマの授業を増やしてきています。学校側が時代の変化を捉え、学生や企業からの人材育成のニーズに応えるために変革しつつある──アメリカ学ぶことで、そんな雰囲気を感じることができました。

 私は、卒業後はこうした時代の潮流を捉え、日本経済や日本企業がグローバルに存在感を発揮できるように、イノベーションを引っ張ることのできる経営者を目指し、現在はアメリカ系の投資ファンドで日本企業のグローバルにおける経営支援に従事しております。そうした意味でも、各国のビジネスリーダーになるであろう同級生とのネットワーキングはもちろんのこと、留学中に彼らから考えかたや価値観、スキルを吸収して、自分自身、グローバル経営者予備軍としての実力をつけてきたことが活きていると思っています。

 こうしてグローバルな環境で多くの経験に触れるにつれ、改めて札幌南高校の教育・校風は、多様性を尊重する素晴らしい環境に特徴があったと感じます。在校生や卒業生の皆さんも、是非更なる多様な価値観に触れる機会を増やして頂き、刺激を受けることで、ご自身のキャリアや人生設計に役立てて頂ければと思います。


山田 聡 プロフィール

1986年北海道生まれ。
2008年東京大学農学部卒業。同年、三菱商事株式会社に入社。自動車事業本部にて、ロシア・カザフスタン・キルギス・ウクライナ向け自動車輸出・販売事業、投資案件や新規事業立ち上げを担当。
2015年、 ウォートンスクール入学。
2017年MBAを取得し、現在は米系プライベートエクイティファンドであるカーライル・グループに勤務。
おやつカンパニーの社外監査役として経営支援を行う。

Whartonの同級生120名を引き連れての日本旅行。