それは母校の体育館から始まった 道議会120年
北海道議会の前身である「北海道会」が開設されて今年で120年。初の選挙を経て選ばれた道内各地の代表が参集した場所が、札幌中学校(現・札幌南高校)の体育館だったことはご存じでしょうか。多額の納税をした人だけが投票できる制限選挙の時代、まだまだ「住民自治」とはほど遠い形ではありつつも、母校は地方自治が形作られた場所でもあったのです。
(編集委員会)
当時の母校は開校7年目。1895年(明治28年)、札幌区北8条西4丁目(現在の北区北10条西4丁目)に札幌尋常中学校として開校し、札幌中学校の名称を経て1901年(明治34年)4月、北海道庁立札幌中学校と改称されたばかりでした。
その1カ月前の1901年3月、北海道会法が制定され、北海道にも地方議会が誕生することになりました。他府県では1879年(明治12年)施行の府県会規則により地方議会が設置されていましたが、北海道は開発途上の〝外地〟として認められていなかったのです。実際、大日本帝国憲法が発布された翌年の1890年(明治23年)、初の衆議院議員総選挙が行われましたが、北海道と沖縄は対象外で、帝国議会に代議士を送り出すことはできませんでした。この北海道会の誕生が、いわば住民参加の第一歩だったのです。
北海道会の議員の初めての選挙は1901年8月に行われました。議員定数35。議席は札幌区、函館区、小樽区の3区に各1議席、18支庁に1~4議席ずつ配分されました。有権者はわずか1万2,635人。北海道の人口自体まだ101万1千人でしたが、投票に参加できる人は100人に1人だけだったのです。選挙区ごとの有権者数をみると、最も多い空知で1,716人(定数4)、最も少ない紗那(択捉島、1903年に根室支庁に編入合併)はわずか58人(定数1)でした。多くの道民にとって、一票を投じること自体が縁遠いものでした。
北海道会を開く仮議場として、札幌中学校の屋内運動場に白羽の矢が立ちました。北海道庁の施設であり、札幌駅から遠くないためだったと思われます。同年10月16日付の「北海タイムス」(現・北海道新聞)によると、仮議場は広さ約240㎡。議長席の目の前に議事筆記席を置き、それを取り囲むように議員席を配置。さらに新聞記者席や100席程度の傍聴席が設けられました。これとは別に、生徒控室だった別棟約210㎡を改修して議長応接室や議員控室とし、仮議場との間に廊下を新設。生徒たちがいる区画と完全に分離できるよう準備を進めました。
当時の「仮議場」の外観は、北海道議会のYou Tubeページで見ることができます。
10月21日。初の北海道会。人力車が札幌中学校に1台また1台とやってきました。どの車にも、ひげをたくわえ、恰幅のよい壮年が座っています。先の選挙で当選し、晴れて道会議員となった各地の名士たちです。しかし、校門には向かいません。目指すは、この日のために別に設けられた仮門でした。
翌日22日の「北海タイムス」によると、開会は午前9時40分。最初の議事日程は議長の選出で、票の約7割を集めた実業家、平出喜三郎氏(函館区選出)が就任。副議長選出を経て開会式に移りました。北海道庁の園田安賢(やすかた)長官があいさつ。薩摩閥で貴族院議員、警視総監も務めた政治家です。「一層官民の和衷協同を計り、独立自営の基礎を立てて道民の幸福を増進する」。記事で北海タイムスは「民衆が自治政体の参政権を得たる嚆矢なり、初陣なり」「呱々(ここ)の産声を上げたり豈(あに)祝して而(しか)して賀せざるべけんや」と喜びを伝えています。
24日までの4日間は、議長選出と当年度予算の修正を審議する臨時会として開催。25日からは第1回通常会として開かれ、新年度の北海道地方費予算案などを審議しました。予算をどう使うかでは早速、地域間の綱引きが展開され、教育費では、札幌中学校の校長の年俸が函館中学校の校長より低いことが問題になるなどしています。また「先生の給料が高すぎる」「いや、優秀な先生を得るためには高くすべきだ」などの議論も行われました。
予算案は数々の修正を経て11月21日に可決されました。その中には、新議事堂の建築費も計上されました。約千㎡の新議事堂は工事費2万,042円で翌年1902年(明治35年)9月に新築落成、翌月10月の第2回北海道会臨時会から利用されました。こうして札幌中学校の屋内運動場を使った仮議場は1年で役目を終えました。
さて、この原稿の参考にした「北海道議会史」(1954年)の第1期道会選挙の項に興味深い記述を見つけました。「当時の道民の政治思想はまだはなはだ幼稚であって、人格識見閲歴その他議員として適任であるかどうかなどをほとんど問題にしないで、ただ漫然と地方の元老、有志、財産家などを(道議会議員候補者として)押した」。さて、今はどうでしょう。投票に行かず、つまり「漫然と選ぶ」ことすらしない人が増えているのが気になります。
第99号 の記事
2021年10月1日発行