六華だより

アマチュア無線の楽しみ

第104号

三浦 弘人(南42期)

 2019年、勤務先である旭川市役所での配属が旭川市科学館となり、市民にラジオ工作や技術を教える立場となりました。それをきっかけとして、二十数年ぶりに自身のアマチュア無線局を復活させました。コールサインは昔と同じ、JI8UCIで免許がおろされました。

 アマチュア無線の経験がない方からは、無線の何が楽しいの、ということを必ず聞かれます。私はこの質問には「不確実性と偶然性をともなう、一対一の通信経路を自ら構築するというパズルを解くこと」と答えることにしています。

 携帯電話などの無線通信網は、全国規模の通信事業者が、莫大な資金と労力で構築したもので、それを私たちは非常に高性能な端末とわずかな使用料で何の苦労もなく使うことができます。いつでも特定の相手方と確実な通信、通話が可能です。これは本当にありがたいことです。

 一方のアマチュア無線は、いまでこそ無線機(送信機と受信機)を自分で作ることはほとんどなくなりましたが、アンテナ、電源装置、無線機など、必要なすべての機器を自ら調達、設置し、正しく動作するように準備しなくてはなりません。(実は、これらの機器を自分で作ることを楽しみとするのも、アマチュア無線趣味の一ジャンルとして確立しています。)

自宅の無線設備

 そればかりか、無線通信で不可欠な電波の伝搬、特に短波帯の伝わり方は、地球を包む電離圏の状態によって大きく左右され、それは太陽活動や季節によって、また一日のなかでも時間帯によって変化します。同時に、国内通信なのか国際通信なのかといった、通信地点間の距離に応じ、使用可能な周波数帯が異なることについても考慮しなくてはなりません。

 ですから、交信を試みようと電波を送信する際には、これらの要素をすべて念頭に置いたうえで、設備を展開し、周波数を選択し、どの大陸へアンテナを向けて呼びかけるのかということを無意識のうちに考えています。また、当然ながら相手がいないと交信は成立しませんから、アンテナを向けた地域が今何時なのか、また現地は休日なのか平日なのか、そういうことも配慮したりしています。それでも、こちらからの呼びかけに誰も応答しないことがありますから、それは魚釣りと少し似たところがあるかもしれません。

 魚釣り、といえば、天気が良い休日には、釣り竿と弁当箱くらいの大きさの無線機を担いで、各地の山に登ることがあります。山頂で無線をするのが目的で、釣り竿はアンテナとして使うのです。
山頂での無線運用は、ハム(アマチュア無線愛好家)の世界では「珍しい場所」からの運用として注目の的となります。電波伝搬の条件が良ければ、国内だけでなく世界中のハムから間断なく応答をもらうことができるため、山を下りるのが惜しくなるくらい楽しいものです。

 ハムの活動ジャンルのひとつとして、このような「珍しい場所」、山頂だけでなく、離島や小国など、アマチュア無線家が不在の場所にわざわざ出かけて行って、無線運用をすることを「エクスペディション(遠征)」と呼びます。また、そのような「珍しい場所」との交信を専門にコレクションしている愛好家も多くおり、世界で一番無線運用の機会が少ない「珍しい場所」である、朝鮮民主主義人民共和国との交信は世界中のハムが待望するところとされています。

 同様に、私のように山頂で運用する無線局との交信も、コレクションの対象とされ、集めると賞状をもらうことができます。イギリスに事務局がある国際的なアワード(表彰プログラム)「Summit On The Air」がそれです。

 決められた山の頂上から交信をすることで、山頂の運用者と麓の交信相手のそれぞれに、山の高さに応じた1~10点のポイントが与えられ、所定のポイントや要件を満たすと賞状が獲得できるというゲームです。私はこのアワードに2020年からチャレンジしています。

 このアワードの主要な賞の一つ、ポイント賞は、交信によって積み上げたポイントの合計が一定数になると、賞状やトロフィーが与えられるものですが、ユニークなのはその名前です。山頂で運用する側として1,000ポイントを得ると、Mountain Goat(山羊)賞が、麓で交信する側として1,000ポイントを得ると、Shack Sloth(無線小屋のナマケモノ)賞が授与されます。

アワード盾(Shack Sloth)
ナマケモノのイラストが彫刻されている。

 私も一昨年、ナマケモノのトロフィーをゲットしました。これは名前の通り、山に登らずとも家でトランシーバにかじりついていれば、いつかは必ず獲得できるアワードです。一方の山羊賞は、自ら荷を背負って、いくつもの山頂に足を運ばなければ得られない、大変な労力が必要なもので、私のようななまけものハイカーには、いつになったらもらえるのか、皆目見当がつかないアワードです。(現在136ポイント、あと15年はかかるでしょう。)とはいえ、日本でも年間100座を踏み、1年あまりで山羊賞の1,000ポイントを稼ぐ局がおり、これにはただただ驚くばかりです。

富良野岳山頂での運用

 アマチュア無線は典型的なインドア趣味のようにとらえられがちですが、こんなダイナミックな遊び方もあるのです。大地と空とを同時に楽しむ、まさに地球相手に遊んでいるという実感があります。

 時には苦労して頂上まで持って行った機材が壊れたり、「呼べど」暮らせど、ついぞ交信相手が現れなかったり、太陽フレアなどが引き起こすデリンジャー現象などの通信障害でまったく電波が相手へ届かなかったりと、様々なトラブルに見舞われることもありますが、それも遊びならでは。買ってきた魚ではなく釣ってきた魚のほうがおいしく感じられるのと似ています。 

 不確実性と偶然性をともなう、一対一の通信経路を自ら構築するというこのパズル、完成させるのは容易ではありません。なぜなら、新たな通信方式や新技術、新製品、新しい場所からの運用といった「新たなピース」は今後も際限なく現れて、それらの組み合わせも無限にあるのですから。どうやら一生の楽しみになりそうです。

三浦 弘人(みうら ひろと)

北海道長沼町生まれ。
北海道大学農学部卒業後、北海道立林産試験場を経て、旭川市役所に勤務。2024年3月に退職し、旭川で中小企業診断士事務所「フォルティス経営サポート」を開業予定。
第1級アマチュア無線技士。JA8YBY OB