六華だより

魚に会いに行く。

第109号

山口 知子(南34期)

 土曜日、今週も魚が私を呼ぶ。海のない札幌に住む私は週末になると魚が恋しくなる。実際、魚屋に行って、新鮮な北海道産の丸魚が並ぶのを見るとテンションが上がって、仕事の疲れなんて吹き飛んでしまう。そう、私にとって魚屋はワンダーランド♫「よ!まいど!今日は何にしますか?今週はいいマゾイが入っているよ。」「どこ産ですか?」「日本海寿都だわ。」「じゃあ、三枚におろして、半身お刺身用にしてください。アラ汁にするので、アラもください。」「はいよ。」と、大将とのこんな会話も楽しい。そして、大将の極上の魚さばきに感嘆し、すっかり上機嫌になって帰路に就く。夕食には歯ごたえがあって、甘みもあるマゾイの刺身、昆布で丁寧にだしを取ったアラ汁はため息が出るほど美味。幸せだなあと思う魚生活。

ある日の食卓 刺盛とアラ汁

 私は、北海道庁の水産部局で37年間働き、今年3月卒業した。仕事を通じ、数えきれないほど多くの出会いや学びがあり、私の財産となった。中でも思い出深いのは令和4年、5年の留萌振興局時代。初任地として若き日に仕事をして以来、約30年ぶり、2度目の留萌勤務だった。単身赴任という自由さと車を走らせれば10分足らずで漁港に行くことができるという最高に恵まれた環境を手に入れ、私は大いに楽しんだ。そんな留萌時代に味わった心に残る感動をここでご紹介したい。

 1点目は何といっても群来。留萌に着任して間もない頃、地元の方から「群来てるよ。見に来るかい。」と、早朝連絡を受けた。前日お会いした時に「ニシン曇りだから明日は群来そうだ。」と話されていて、見事に当てたのだ。初めて見る群来への期待にドキドキしながら、しばらく車を走らせると、海が数十メートルにわたって乳白色に染まっていた。目にした瞬間、言葉にならない感動がこみ上げてきた。自然の営みの神秘さと尊さ、人間の力では到底及ばない壮大さに、ただただ圧倒された。群来は、ニシンが産卵のために沿岸に押し寄せ、雄の放精により海面が白く濁る現象。運が良ければ、波打ち際でニシンが産卵行動のため跳ねている様子も見ることができる。明治後期からニシン漁で繫栄した地域にとって、群来は人々が待ち望んだ春の海の象徴だった。昭和30年代になり、留萌地域でもニシンは姿を消し、幻の魚と言われていたけれど、近年、徐々に漁獲が増え、日本海地域のあちこちで、毎年群来が見られるようになっている。私は「群来た」という情報を聞けば、心の底からの感動を味わいたくて、可能な限り足を運んだので、2年間の留萌生活で6回も群来を見ることができた。群来は多くの方たちに一度は見て欲しいと思う。

2022.4 小平町の群来

にしん

 2点目は夏のウニ漁。青い空に青い海。夏の強い陽射しを受けて、キラキラ光る穏やかな海に浮かぶ数隻の小さな漁船。ウニ漁は、まるで平和の象徴であるかのようにのどかでゆったりとしている。私はこの光景が好きで、ウニ漁初日と聞けば、出勤前に見に行った。船べりに体を預け、箱メガネを口にくわえ海底を覗きながら、長い柄の漁具を使い漁獲する昔ながらの漁法は、漁師さんにとってかなりの重労働なのだけれど、遠くから見ていると心が穏やかになってきて、ずっと見ていたくなる。地元では殻付きウニも折ウニも手ごろな値段で売っているから、ウニ剥きの技術は自慢できるほど上達したし、元々ウニ好きの私だから、甘くてとろけるような新鮮なウニを一生分食べたのではないかと思う。

増毛町のウニ漁

キタムラサキウニと自分で剥いて作ったうに丼

 3点目は秋サケの水揚げ、さけ定置漁業の時期になると水揚げを見るために増毛港に通った。漁船が入港してくると、大漁への期待でワクワクが止まらなくなる。船倉一杯に積んできた大量のサケをクレーンを使って水揚げし、手作業で瞬時に雄と雌を選別していく。魚を扱う漁師さんたちの真剣な表情と無駄のない動き、当時、留萌管内の秋サケは豊漁だったので、表情は明るく、真剣な中にも笑顔があり、活気に満ちた水揚げを何度も見に行った。そして、増毛町の暑寒別川や信砂川には、おびただしい数のサケが遡上していた。必死に泳ぐサケたちに「お帰りなさい。よく帰ってきたね~。」と、声をかけたくなる。サケはわずか数センチの小さな体で放流された後、遥か遠くベーリング海やアラスカ湾までの大冒険の旅に出る。広大な海を回遊しながら成長し、3~5年後には自分の生まれた川に戻り、産卵して一生を終える。神秘的で実にロマンチックな魚だと思う。毎年決まった時期に川に上るサケはずっと昔から人々の生活に大きく関わり、多くの恵みをもたらしてきた。秋サケは全道的に大変な不漁になっているが、何とか回復してほしいと願っている。

増毛港でのサケの水揚げ

2022.10 増毛町信砂川

 地元の方にとっては、いつもそばにある当たり前の光景でも、よそから来た私には格別で、留萌時代、私は数えきれないほどの感動を味わった。もちろん地方暮らしには、厳しさも不便さもあるけれど、生産者の方の生活がすぐ近くにあって、住んでみなければ決してわからない人々の温かさやひたむきな姿、そして苦労も実感することができた。自然と対峙して食料を生み出す産業は本当に尊いと思う。
水産業の現場は、海洋環境の変化などによる資源の減少や魚種の交代、漁業者の減少、人手不足など多くの課題を抱えている。でも、魚には、地域ならではの種類があり、旬があり、人を呼び込む魅力がある。そして、何よりその美味しさで人々を幸せにする力がある。漁師さんや魚屋さんをはじめ、流通加工など、魚の価値を信じ、魚に携わる多くの人々に思いを馳せながら、これからも地域の魅力を伝えていきたい。そして、魚を愛し続けたいと思う。

山口 知子(やまぐち ともこ)

1965年札幌市生まれ
北海道大学水産学部卒、北海道庁水産部局で37年間働き、2026年3月退職。
現在は、(公財)北水協会で働きながら、「おさかなくらぶ」を立ち上げ、子供たちに魚料理や漁業のことを教えている。また、SNSで、魚料理や地域情報を多数投稿している。