六華だより100号のあゆみ その10 91~100号
六華同窓会の歩みを会報誌から探る連載「六華だより100号の歩み」はついに最終回を迎えました。今回取り扱うのは2017年(平成29年)10月1日発行の第91号から2022年(令和4年)3月1日発行の第100号まで。紙媒体での発行を第90号で終え、すべてWEB版となった同窓会報を振り返ります。
会報発行委員会
新型コロナの脅威
パンデミック、クラスター、ソーシャル・ディスタンス。2020年(令和2年)、それまで一般にはあまりなじみのなかった言葉が飛び交いました。新型コロナウイルス感染症COVID-19。1月15日に国内初の患者が確認されて以降、感染は急拡大。北海道では鈴木直道知事が2月26日、全ての小中学校を臨時休校する方針を打ち出し、3月2日には安倍晋三首相の要請で、全国の小中高校の臨時休校が始まりました。
「全部全部コロナが悪い!」。10月1日発行の第97号に、当時母校の2年生で生徒会長だった山本舞羽(まう)さんが寄稿しています。「球技大会や南高祭、対面式に壮行会。自分たちの手で運営できるはずだったものは全て中止になった」。休校期間の遅れを取り戻すための勉強漬けの毎日にやり切れなさを感じつつ、何か一つでも活動を残そうと企画したのが、モザイクアートでした。全校生徒が1枚ずつA4の紙を塗りつぶした1008枚をつなぎ合わせ、校舎の屋上から吊り下げて展示しました。
モザイクアートには「125」の数字が書かれています。この年は札幌南高のルーツである「札幌尋常中学校」が開校した1895年から数えて125周年。10月に記念式典と祝賀会が開かれる予定でしたが、こちらも中止となりました。この年の六華同窓会・懇親会は、祝賀会を兼ねた形での開催が予定されていました。2020 実行委員長を務めた後藤武志さん(南45期)は97号掲載の「新型コロナ禍での当番記活動」で「無念の一言」と述べつつ、この特殊状況の中でも価値ある活動を展開しようと、現役高校生に向けた「六華ゼミ」の開催と同窓生をつなぐ「会報誌」の編集発行に力点を置いたと述べています。六華ゼミは、卒業25年を経た幹事期のメンバーが中堅世代ならではの仕事や経験を語る講演会。会報誌は、より多くの同窓生に見てもらおうとWEB版も公開しました。翌年の六華同窓会・懇親会(2021年10月16日)は会場とオンラインの「ハイブリッド開催」。2021実行委員長の小西正一さん(南46期)が99号(2021年10月1日発行)に準備の様子を寄稿しています。
97号では、患者受け入れを要請された感染症指定医療機関に勤務していた医師の明上卓也さん(南44期)が、不安を覚えながらも使命感を持って治療と院内感染防止に立ち向かった様子を報告しました。母校のそばで半世紀以上愛されてきたお好み焼きチェーン「風月」が、お好み焼きや焼きそば計7千食をコロナ対応の最前線で働く医療機関に無償で提供したことも紹介しています。
起業家群像
六華同窓会の特徴の一つは、医療系に従事する方々が多いことかもしれません。コロナ禍では、多くの同窓生が、さまざまな場面でウイルスと戦いました。
そんな中、直接的な治療とは別の立場から感染症の抑制に向き合った同窓生もいます。心臓内科医だった山本雄士さん(南43期)は、「病気を治す」という医療のあり方を「病気にさせない」ための未来への投資と進化させるため、健診や治療データに基づく健康維持に着目。「投資型医療」と名付けた考え方を打ち出し2011年に東京で起業、2014年に日本起業家賞を受賞しました。99号(2021年10月1日発行)では、コロナのワクチン接種を不安なく、着実に実施できるよう、接種データを記録する無料アプリを開発した経緯を寄稿しました。
「北海道から、世界をちょっぴり面白くクリエイティブに」。五十嵐慎一郎さん(南52期)は不動産ベンチャーを経て2016年、株式会社大人を札幌に設立。店舗企画やプロデュース、地域活性化といった仕事に乗り出しました。2018年に立ち上げた「北海道移住ドラフト会議」は全国の移住希望者による自己PRをもとに、北海道の企業が採用希望者を指名、指名が重複した場合はくじ引きで優先交渉権を決める場です。94号(2019年3月1日発行)の寄稿「脱クレヨンしんちゃんからの北海道移住ドラフト!」では、なじみのアニメを繰り返し見るといった心地よさから飛び出す仕掛け作りの意義を説いています。
北海道の経済の基盤となる産業といえば農業をはじめとする1次産業でしょう。ITを駆使して効率化を支援する「スマート農業」の一線に立つ小林伸行さん(南40期)は91号(2017年10月1日発行)に寄稿しました。シンクタンクなどに勤務したあと2014年に起業。スマートリンク北海道(岩見沢市)の常務として、作業適期の判断に必要な生育予測や病虫害発生予測、収量予測などを農家に提供。測位衛星を活用したトラクター自動運転などにも携わっています。
96号(2020年3月1日発行)には、2013年から2019年まで六華同窓会会長を務めた小砂憲一さん(南15期)の退任あいさつが掲載されています。小砂さんも起業家の一人。1984年に北海道内のバイオベンチャーの草分けとして知られるアミノアップ化学(現アミノアップ)を設立。機能性素材「オリゴノール」などのヒット商品を送り出してきました。北海道経済連合会副会長などを歴任。地元の若手起業家の育成にも取り組んできました。同窓会長退任後は顧問を務められてきましたが、今年7月6日に79歳で逝去されました。
堅忍不抜
連載を終えるにあたって、作家で母校の教員も務めた澤田展人さん(南22期)が2021年3月1日発行の98号に寄せた「堅忍不抜の精神について」を再読しました。
澤田さんはこの言葉について「困難な状況にあっても心を乱さずじっと耐え、おのれの志を保つような人間のありかたであろうか」と表現。旧制中学と現在の札幌南高校の校歌の歌詞をひもときつつ、札幌第一中学校時代にこの言葉が「ふだんは我慢強く平静を保ちながらも、いざというときには勇猛果敢に戦う『男らしさ』の意味合いを持ったように思われる」と解説。男女共学の新制高校に生まれ変わるに当たって、この言葉をあえて校歌に入れることで「様変わりした学校の間を架橋しようとしたのではないか」と記しました。
澤田さんはこの稿で「堅忍不抜の人々」として4人を紹介しています。西田信春さん(1903~33年)は戦前の青年社会活動家でしたが、特別高等警察の拷問で急死。軍人の村中孝次さん(1903~37年)は二・二六事件の首謀者の一人で、皇道派青年将校グループの自決を押しとどめ、軍法会議で自らの信念を吐露した上で銃殺刑に処されました。思想家、経済学者の西部邁さん(1939~2018年)については、米国に対し服従的な姿勢に終始する言論人とは袂を分かち、「思想家として実に首尾一貫していた」と評価。ジャーナリスト外岡秀俊さん(1953~2021年)については、現場重視の「鉄砲玉派」として朝日新聞を退職してからも発信を続けたことを取り上げ「『堅忍不抜』の精神を感じる」と記しました。
91号以降は、すべてWEBで読むことができます。ぜひ、それぞれの元の寄稿を読み直していただければ幸いです。







第109号 の記事
2026年10月1日発行