六華だより

会社を持って、組織に属さない — AIと旅する私の働き方

第109号

大巻 裕太郎(南59期)

 今年の2月、私は標高4,319メートルのアンデスの峠にいた。ペルーのクスコからチチカカ湖へ向かう列車の途中駅。空気は薄く、風は冷たい。ポケットのスマホには、日本のスタッフから広告運用の数値報告が届いている。会社を1ヶ月離れて地球の裏側にいても、仕事はちゃんと動いている。それが、私の働き方だ。

クスコからチチカカ湖へ向かうアンデス鉄道の途中駅、標高4,319mのラ・ラヤ峠。ここでもスマホには仕事の報告が届く

 私は札幌でWeb広告の会社を経営している。企業のWebマーケティングや販促、ECサイトの運営支援が主な事業だ。起業したのは大学4年生のとき。周りが一斉にリクルートスーツに袖を通す中、私はどうしても「組織に属して働く」ことへの疑問を拭えなかった。決められた場所に毎日通い、決められた時間を過ごし、決められた階段を上っていく。その働き方を否定するつもりはない。ただ、自分の人生の設計図としては、どうしてもしっくりこなかった。ならば自分で仕事を作るしかない。幸い、Webマーケティングは学生でもパソコン一台で始められる世界だった。実績も人脈もゼロからのスタートだったが、小さな案件を一つずつ積み重ねて、そのまま就職はせずに今日まで来た。

 あれから時代は大きく変わった。いま私の会社では、顧客対応も、広告集客も、Webページのデザインやコーディングも、すべてAIエージェントが実装している。かつては専門スタッフが何日もかけていた作業を、AIは数分でこなす。人間の私が手を動かすのではなく、AIに的確な指示を出し、上がってきた成果物の質を見極めるのが仕事だ。そしてAIがまだ苦手な領域。改善の最終判断や細かな修正、人と人との信頼が要る営業セールスなどは、信頼できる外部のパートナーにアウトソーシングしている。私自身は特定のオフィスにも、組織の枠にも属していない。会社は持っているが、会社に縛られてはいない。

 だから、旅ができる。この2月の南米では、ペルーのリマから入り、セスナでナスカの地上絵を見下ろし、砂漠のオアシスでサンドバギーを走らせ、霧が晴れていくマチュピチュを歩いた。アンデス鉄道で峠を越えてチチカカ湖へ、そしてボリビアのウユニ塩湖では、空を映す鏡張りの絶景の真ん中に立った。クスコの旧市街では民族衣装の女性たちと子アルパカに囲まれ、土産物市場ではポンチョを試着し、各地でその土地のビールを一杯ずつ味わった。最後は陸路で国境を越えてアルゼンチンへ。ブエノスアイレスでは、世界一熱いと言われるボカ・ジュニアーズの本拠地で試合を観戦した。頭からつま先までチームカラーで固め、青と黄色に染まったスタンドの大歓声の中に身を置きながら、ふと「今日は平日だ」と思って笑ってしまった。

ボリビア・ウユニ塩湖。雨季だけ現れる「天空の鏡」の真ん中で
ブエノスアイレスの「ラ・ボンボネーラ」。世界一熱いスタジアムのスタンドから
霧が流れ、姿を現したマチュピチュ遺跡
観戦当日は頭からつま先までチームカラーで

 旅の間の仕事といえば、カフェの隙間時間に、広告の数値やスタッフから上がってくるデータをチェックしたくらいだ。日本との時差はほぼ半日。スタッフからの連絡にレスポンスが遅れる苦労は正直少しあったが、裏を返せば、私が眠っている間に日本で仕事が進み、朝起きたら結果だけを確認できるということでもある。仕組みさえ作ってしまえば、経営者が1ヶ月不在でも会社は回る。実際、昨年はロサンゼルスで大谷翔平選手のボブルヘッド配布日を狙ってドジャー・スタジアムに参戦し、上海と蘇州の路地を歩き、金沢や福岡ではビールの名店を巡った。旅はもう特別なイベントではなく、私の日常の一部になっている。

 こう書くと、ずいぶん気楽な話に聞こえるかもしれない。もちろん、組織に属さないということは、守ってくれる看板も、保証してくれる給料もないということだ。すべての結果は自分に返ってくる。それでも私は、自分で選んだ場所で、自分で設計した働き方で生きられる自由のほうを取りたい。

 いま高校生や大学生の後輩たちに伝えたいのは、「働き方は与えられるものではなく、自分で設計できるものになった」ということだ。AIの進化は、個人が持てる力を劇的に広げている。数年前なら10人のチームが必要だった仕事が、いまは一人とAIで成立してしまう。就職も、起業も、その中間も、選択肢は等しく目の前に並んでいる。大事なのは、どれを選ぶかを自分の頭で考えることだと思う。

 六華だよりを読んでいると、世界のあちこちで、実にさまざまな生き方をしている同窓生がいることに驚かされる。私もその末席で、今日もどこかの空の下、ノートパソコンを開いている。次はどの国のカフェから数字を眺めようか。それを考える時間が、いちばん楽しい。

大巻 裕太郎(おおまき ゆうたろう)

1991年 札幌市生まれ

大学在学中にWebマーケティングで起業し、札幌を拠点にWeb広告会社を経営。企業のWebマーケティングやEC運営支援を手がける。AIとアウトソーシングを活用し、海外を旅しながら働くスタイルを実践中