六華だより

5年目の中央大学国際情報学部(iTL)

第103号

岩隈 道洋(南43期)

1, はじめに

 2019年4月に、中央大学は26年ぶりの新学部、国際情報学部と国際経営学部を新設しました。早いものでもう5年目に入りましたが、私は現在、その片方の国際情報学部で、憲法や行政法といった公法系(政府機関と国民の関係を主に規律する法分野)の科目を担当している大学教員です。

 国際「情報」学部で、なぜ法律を教えているのか? というのは、自然に湧いてくる疑問かとおもいます。理由は色々あるのですが、それを説明することで、この新学部のコンセプトと、私の研究教育上の関心について、ご紹介しようと思います。 

2, この5年の世相とICTと法

 ちょうど、この学部が設置された2019年は、SNS上での誹謗中傷が原因で自殺された方の問題が注目されていました。また漫画のコピー画像を海外のWEBサイトで無料配布していた人物が国際捜査で逮捕されたのもこの年でした。翌年にはコロナ禍でテレワークや遠隔授業が普及しましたが、その際に広く使われたソフトウェアであるZOOMのセキュリティの問題が、当初は注目を集めていました。2021年には仮想空間での体験感を高めたシステムであるメタバースが流行語になり、2022〜23年にかけてはmidjourney(画像生成AIのひとつ)やChat-GPT(自然言語生成AIのひとつ)などの、ヒトの「創作」と区別できないレベルの「作品」を作り出すAIが注目を集めています。

 このように、2019年度以降、情報通信技術(以下、ICTと略します)の革新は、毎年手を変え品を変え、私たちの社会に強いインパクトを与え続けています。そして、そういったICTのもたらす社会的な影響は、時に人々の争いの元となるばかりでなく、新たな争いを作り出したりもします。ICTによって新たにできるようになったことや、やりやすくなったことが、誰か他人の権利を傷つけたりすることも、よくあるわけです。そういった紛争を解決するために、個人情報保護法や憲法上のプライバシー権、著作権法や電気通信事業法、プロバイダ責任制限法といった多くの法律が使われています。

3, 国際「情報」学部でなぜ法律か?

 中央大学は、明治時代に日本にイギリス法の考え方を導入しようと考えた法律家たちが作った大学です。現在では文理含んだ8学部を擁する総合大学ですが、起源となった法学部は長男学部・看板学部と学内でも認識されており、他の学部でも伝統的に、それぞれの分野に関連する法律をよく学べるようにカリキュラムが作られる傾向にあります。

 法は、紛争解決の基準となるものですが、ICTが我々の社会にもたらした(あるいはこれからもたらすであろう)紛争は、これまでの人間社会と同様に、法を基準として解決される道筋がつけられていることは重要です。一方で、この数年のICTの革新と、その社会への浸透のスピードに、既存の法が追いついていないという面もあります(実は、既存の法で解決できる面も、一般に考えられているよりはずっと多いのですが)。私どもの国際情報学部は、こういった時代にすでに我々は直面しているという認識から、情報技術と法を学際的に同時に学ぶ学部”Information Technology & Law”=iTLとしてデザインされました。

 また、ICTが展開する技術的・社会的基盤でもあるインターネットの世界は、地理的距離や物理的障壁、法・政治的な国境を易々と超えて情報が流通しますし、その中で上記のような「既存の法が追いつかない」事態に「知的に」対処でき、ルールを提案できる人材を育てるためには、国際的な視点から議論し、ものを考える視点が必要だということから、英語や哲学、宗教学・比較文化論や国際関係も併せて学ぶことも重要と考えています。「国際情報学部」という少し変わった学部名称と、そこで法律もそこそこ体系的に学習するカリキュラムになっているという、この学部のユニークな点をお分かりいただけたでしょうか。

4, 1・2年生のBoot Camp

 実際のカリキュラムは、学生にとってはややタイトに感じられることもあるようです。例えば、1・2年生のカリキュラムでいうと、情報基盤〔プログラミング基礎・インターネット概論・情報理論(数学)・基礎情報学(コンピュータサイエンス)・情報フルエンシー(アプリケーション)・情報倫理・国際情報概論(先端情報技術)〕と情報法学〔法学概論・憲法・契約法・不法行為法・刑事法・行政法・情報法・情報プライバシー権法・AI-ロボット法・サイバー犯罪・情報政策〕そして国際系〔哲学・倫理学・統合英語2・情報英語2〕の、3カテゴリー25科目と、演習2科目の54単位が必修となっています。

 理科系のカリキュラムを経験した方であれば大した事ないと思われるかもしれませんが、文系のカリキュラムを経験した方であれば、ちょっとキツそうだなぁ、と感じられると思います。実際、「1年生の時は必修ばかりで選択科目をほとんど選べないのが辛い」「必修落とすと翌年以降追い詰められる」と嘆いている学生もおります。また、「情報基盤と情報法という、性質も考え方も異なる、それぞれ難しい学問を容赦なく並行して基礎学習をしなきゃならないのでキツい」というため息も聞こえてきます。

 教員サイドとしては、1・2年の時期をBoot Campと位置づけて、それぞれの基礎力を着実に身につけてもらいたいと考えています(3・4年は一気に科目選択が自由になります。融合型でも、特化型でも、教養型でもokです)。「試験やレポートはもちろんキツかったけど、授業はそれぞれ面白かったし、考えの幅が広がった」「就職面接で、法律の基礎知識があってプログラミングもできる、という点が、話題として面接官の食いつきが良くて、オンライン世代だけど面接でガクチカでは困らなかった」といった声も聞くと、教師冥利に尽きるものです。


コロナ禍下の演習。全員pc持ち込みです。

5, 私自身の職歴とiTLとの関わり

 私自身は、中央大学法学部と同大学院法学研究科で法学を学び、修士論文では、今でいうところの「サイバーテロ」と国際法や憲法との関係を書いたりしていました。2001年当時では、口の悪い院生仲間に「君はSF作家にでもなった方がいいよ」などと言われたりもしましたが、現在ではリアルな脅威として世界中で議論されるテーマとなっています。その後、縁あって杏林大学という医学部中心の大学で、憲法や行政法、個人情報保護法などを16年間教えていました。医学部や保健学部でも教えた経験からか、法学的な側面から見た文理融合的なテーマへの興味は更に増していきました。

 2018年の新学期の少し前に、母校中央大学の先輩教授から、「AIやインターネットの諸問題を、技術と法の学際的な視点から教える学部を作りたいのだが、手伝ってくれないか?」と声を掛けて頂きました。サイバーテロの修士論文や、その後の個人情報保護法に関する教育研究を覚えていてくださったようで、有難い限りでした。杏林大学でもやり甲斐のある仕事をさせて頂いていたので、迷いがなかったと言えばうそになりますが、母校に貢献できるということと、何よりもこれからAIやインターネット世の中に大きなインパクトを与えてゆくことは確実であったこと、そして一研究者としてもそれが沢山の法的問題を生むことは十分に予測できたことから、この新学部の設立に参画することが魅力的な仕事に思えました。学部発足と機を一にして、上で述べたようなICTの社会問題が噴出してきたことは、中央大学国際情報学部(iTL)設立が、実に時宜に適ったプロジェクトであったと思っています。


中央大学ゆるキャラ・チュー王子と国際情報学部生と岩隈

6, 中央大学の学際的取り組み 〜 結びに代えて

 2023年度に、中央大学法学部が東京都の西部郊外の多摩キャンパスから、都心の茗荷谷キャンパス(池袋の近く)に移転しました。国際情報学部は開設当時から都心の市ヶ谷にあり、理工学部は同じく都心の後楽園にあります。相互の行き来は地下鉄で20分程度で可能になり、中央大学の都心3学部はまさに「技術と法」を融合させた学びを体現するようになりました。

 これを記念して、私が国際情報学部の責任者となって、この4月から「学問最前線」という法・理工・国際情報の3学部合同科目を設置しました。それぞれの学部から交代で担当講師を出し、文理融合のテーマを、テレビ会議システムで3学部の教室を同時接続して展開する授業です。また、時間が許すならば他の学部の教室からのリアル参加も認めました。

 ロボットやAI(これも工学だけではなく法的視点からも)であったり、環境問題と政策の関わりであったり、メタバースと教育であったりと、各担当講師の最先端の文理学際的なテーマを語ってもらうという授業となりました(私は医療個人情報の保護と利活用というテーマをお話ししました)。ちょうど評価が済んだところですが、担当講師陣が学生に忖度しないで専門的な議論をぶつけたのは、学生にとっても良い刺激になったようです。また、これまでコロナ禍もあって、没交渉になりがちだった3学部の学生が相互に意見交換する機会にもなり、思いの外、他学部が「異文化」であることに気づいた学生たちは、今後の交流を積極的に模索し始めたようです。先々は、多摩の学部とも学際的なプロジェクトができないか模索中です。 

 中央大学国際情報学部(iTL)は、やっと卒業生を出したばかりの若い学部ですが、伝統のある中央大学の他の学部との交流もあり、一方で他の大学には無いタイプの情報技術法学の組み合わせの学際学部です。毎年、札南の卒業生も入ってきます。18歳時点でやりたいことを一つに絞れない人に、敢えて似てない複数分野をぶつけてみます。コンピュータに興味はあるけどネットは怖いという人に、法的な防御も教えます。法律もコンピュータも両方興味がある人には、欲張っていいんだよと歓迎します。いろいろな形で、読者の皆様とご縁が持てれば幸いです。(一方、大学時代は専門を深めたい人には、中央大学の他7学部(法・経済・商・理工・文・総合政策・国際経営)が待っています。また、さらなる新学部が検討されているという噂も…乞うご期待。) 


国際情報学部がある中央大学市ヶ谷田町キャンパス 

岩隈 道洋(いわくま みちひろ)
中央大学国際情報学部教授

1974年札幌生まれ。

1993年札幌南高校卒業(南43期)
1997年中央大学法学部卒業。2004年同大学院国際企業関係法専攻博士後期課程満期退学とともに杏林大学社会科学部に憲法担当教員として赴任、その後、中央大学法学部や國學院大学法科大学院、早稲田大学人間科学部等の非常勤講師、杏林大学総合政策学部教授・同大学総合情報センター長等を経て2019年より現職。