スポーツ航空-趣味としてのグライダー操縦
岡崎 孝彦(南33期)
「今、私の願いごとが叶うならば、翼がほしい」とか
「こんなにも こんなにも 空が恋しい」
といった歌を聞くたびに思います。「だったら、飛べばいいじゃないか」と(笑)。
自分の思うがままに自由に空を飛んでみたい。
そう思って、私は趣味としてグライダー操縦を選びました。
国内では最高性能クラスのグライダー「ASW28-18E」に乗って。
きっかけ
およそ半世紀前、小学校の修学旅行で千歳空港に行ったときに飛行機を見て興味を持ち、飛行機の設計者になろうと思いました。しかし、中学生のときに「戦争が航空機を発展させた」という冷酷な歴史的現実を知り、「自分が作ったものが人殺しに使われるのはいやだ。まずは戦争が無くす方法を考えなければ」と思い、高校時代は平和運動や原水爆禁止運動に興味を持ち、どちらかというと政治学や経済学の本ばかり読んでいました。
ところが、南高を卒業して一浪して慶應義塾に入学すると、校庭にグライダーが置いてありました。そして、誘われるままに体育会航空部に入部し、戦争とも人殺しとも無縁な「スポーツとしての航空」の世界を知りました。
大学航空部の活動
航空部では、複座グライダーで訓練を受け、まずは単独飛行を目指し、単独飛行の後は自家用操縦士(パイロット)の免許取得を目指します。そして、免許を取ったら、競技用単座グライダーに乗って、全日本選手権での団体優勝を目指した訓練を行います。ちなみに私は、関東学生大会では個人優勝と団体優勝を果たし、全日本学生選手権では団体優勝を獲得し、早慶戦でも勝利して、学生時代は「負け無し」でした。「グライダーで競技会って何を競うの?」とは、よく聞かれる質問です。一言でいえば、「上空の気流を読んで、上昇気流をうまく使いながら、決められたコース(25kmとか40kmとか)をいかに早く周回してくるかを競う速度競技」ということになります。これ以上の説明には30分はかかるので、ここでは省略します。ビールを一杯おごってもらえたら、その場でご説明差し上げます。
練習用の複座グライダー「ASK21」
さて、昭和の時代の航空部の訓練は、「体育会系」というよりは、むしろ「軍隊系」とでも呼びたくなるような厳しいものでした。部会に遅刻したら床屋に行って「坊主刈り」とか、下手な着陸をしたら「腕立て伏せ」とか、そういった「指導方法」が残っていた時代でした。先日、映画「トップガン・マーベリック」を観に行ったら、訓練で「撃墜」されたパイロットたちが腕立て伏せをさせられていたので、懐かしくて思わず大笑いをしてしまいました。
そんな訓練の中で、生涯忘れることが出来ないような教訓をいくつも学びました。戦時中は陸軍の爆撃機の機長だった前監督が遺された「空の世界は非情な世界と知れ。七転び八起きなどという人間界の法則は通用しない。最初に転んだ時が死ぬ時だ」という言葉などは、そのうちのひとつです。また、僕の在学時代にOB会の理事長だった方は、海軍の特攻隊の生き残りの方でした。すでに70歳を超えられていた理事長が交通渋滞のためにOB会の会合に遅刻されてきたときに「人は艦(フネ)を待てども、艦は人を待たず。海軍では出航に遅れたら戦場離脱罪で銃殺とされても文句は言えませんでした。五分前の精神も地に堕ちたものだと誠に恥ずかしく申し訳ございません」と陳謝されました。それを聞いて「遅刻して坊主刈りで済む時代に生まれてヨカッタ」と思い、また甘え切った生き方をした自分のことを恥じたりもしました。「戦時を生き残った諸先輩に対して恥ずかしくない生き方をしたい」ということは、今でも私の人生の指針です。(実行できているかどうかは、別問題ですが。)
サラリーマンの趣味としてのグライダー
さて、私の場合は、大学を卒業してからも社会人クラブに所属してグライダーに乗り続けました。学生時代は「大会優勝」という体育会航空部としての仲間と共有した目標のための訓練でしたが、社会人になってからは自分のためのフライトということになります。いわゆるジョイ・フライトという遊覧飛行を楽しむのもよいのですが、グライダーの世界にはFAIという国際機関が定めた記録認定制度があり、これに挑戦するという楽しみ方もあります。
宮城県角田市の上空3000mの景色。雲を見下ろす。
私は、国内認定のブロンズ(銅)章と国際認定のシルバー(銀)章のうちの「獲得高度1000m」と「滞空時間5時間」は、すでに学生時代に獲得していました。そして2023年の正月、宮城県の角田滑空場に遠征し、蔵王山を吹き超えてくる西風が作る山岳波(Mountain Wave)という上昇気流を利用して、「獲得高度3000m」というゴールド(金)章の課目を達成しました。この高度では、ボンベを積み込んで酸素マスクを装着しながら飛びます。また、大型旅客機とも空域が重なるため、仙台空港の管制官と無線交信をして(Terminal Control Area Advisoryを受けて)飛行経路が交錯しないように調整しながら飛ぶことになります。そうした手順を覚えることは大変ですが、自分の機体の影が眼下の白い雲に映る「ブロッケン現象」などを見ると、なんとも言えない爽快な気分になります。
眼下の雲に浮かぶ自分の機体の影。ブロッケン現象。
ブロッケン現象の拡大図。
比較的、昔ながらのヒコーキ野郎の風情の残るグライダー業界ですが、近代化も進んでいます。そのひとつに、競技会のオンライン化があります。
現在のグライダー飛行では、航法支援のためにGPSの位置情報を表示する携帯型のフライトレコーダーを利用することが一般的になっています。この飛行データをオンライン・コンテスト(OLC)というサイトにアップロードすると、その記録が飛行距離などに応じて点数化されます。その合計点を競い合うという競技です。2023年度では、7月時点で私は国内順位で19位ですが、なんとか10位くらいまで順位を上げたいと目論んでいます。
近況
2023年の3月に、35年間勤務した保険会社を退職し、北海道の7空港を管理する会社に就職し、今は新千歳空港の中で働いています。小学生のときに夢を描いた場所でサラリーマン生活の最後を過ごせるというのは、本当にラッキーだと思っています。
体験飛行をしてみたいと思ったら
「グライダー」「体験飛行」などで検索してみてください。日本グライダークラブ(群馬県板倉町)や滝川スカイパーク(北海道滝川市)などがお勧めです。1万円程度の費用で、15分程度の遊覧飛行が出来ます。私は今も、滝川で月1回程度は飛んでいます。
石狩川をはさんで、滝川市(左)と新十津川(右)。
岡崎 孝彦(おかざき たかひこ)
北海道岩内郡共和町梨野舞納出身。
父方は開拓農民、母方は松前藩の場所請負人(村山伝兵衛)の家系。
慶應義塾體育會航空部1988年卒。
損害保険会社に就職の後、現在は新千歳空港で勤務。
飛行回数:780回
飛行時間:280時間
第103号 の記事
2023年10月1日発行