六華だより

井上浩輝(南47期)〜3人のカメラマン〜

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「ぎらりの日」 ~ 素敵な瞬間を待つ

 朝露でびしょびしょになった笹藪の中で動物たちが朝ごはんを物色しはじめるのを待ち、吹雪の翌朝に鼻息で口ヒゲも凍る氷点下20度の中で足踏みをしながらダイヤモンドダストを待ち、今にも鋭い日が差し込みそうな土砂降りの下で虹を待ち、曇り時々晴れの空からスポットライトのような陽が落ちるのを待ちながら、「こんな素敵な写真を撮ろう」と想像妄想し、その瞬間がやってくるまでひたすら待ち、素敵な瞬間がいまにも展開されそうになるやいなや、ファインダーをのぞき、そこから逃げようとする素敵な瞬間を逃がすまいと前のめりになってシャッターボタンを押す。僕は自然写真家になっていました。

 高校1年生のとき、国語の小笠原先生が授業で紹介してくださったのが、茨木のり子さんの「ぎらりと光るダイヤのような日」でした。その授業の日、先生は詩に写真を添えたプリントを配布された記憶があります。記憶違いだと恥ずかしいのですが、そこには先生が崖を登っている姿がありました。なぜ先生がその写真を「ぎらりの日」とされていたかは記憶がないのですが、質問をしても、内容が先生の人生のことだったためか先生はジッとするだけであまり答えてくださらなかった記憶があります。衝撃的な詩と先生の気迫のせいもあり、僕も自身の人生で「ぎらりの日」を意識していこうと決めたのでした。

 その割に、僕はダラダラとした人生を歩んでしまい、医者になる!なんて言って4浪。次は弁護士になる!なんて言い出して法学部へ逃げ込んで司法試験、そして法科大学院でまた司法試験。モラトリアムにどっぷりと浸かり、「ぎらりの日」なんてないまま、大学院の研究機関に籍だけ置く生活。人生の行き詰まりを感じ始めつつ、頭のどこかに「ぎらりと光るダイヤのような日」を読む小笠原先生の声がいつもありました。そんなうだつの上がらない生活を仙台でしているときに東日本大震災に遭いました。趣味にしていたカメラを持って宮城から福島の沿岸部に行くも僕には撮ろうという気持ちになれませんでしたが、なぜかこの頃から風景写真を撮りたくなってしまったのです。この撮りたいという衝動は、いままで味わったことのないほどのもので、不思議と人生の勝負をかけるという感覚がなく、すごく自然に道を歩き始めるような感覚の中、活動の拠点を北海道の真ん中にある旭岳の麓の町に据え、撮影を開始するのに時間はかかりませんでした。
北海道の自然風景や農耕風景を撮影しているうちに、その風景を横切るキタキツネたちに興味を持つようになりました。大きな尻尾を揺らしながらしなやかに野を駆けていく彼らのシルエットの美しさは、僕にとって甘美の光景でした。日に日に、彼らの姿を追うようになり、頭の中はキタキツネのことでいっぱいになり、来る日も来る日も彼らを探して撮っていました。彼らを被写体にしはじめたとき、いわゆる野生動物を撮っているつもりになっていたのですが、僕の目の前ですっと美しく座ったり、丸くなって眠ってみせたりする彼らを見ながら彼らと僕ら人間の関わりを考えていると、実に悩ましい問題が出てきました。

 「野生動物」の定義を考えるとき、その対義語をペットとか家畜として捉えて、“人間が飼っていない動物”とするならば、キタキツネを積極的に飼っている場合は別として、ほぼ全てのキタキツネが野性動物ということになると思います。しかし、定義を先鋭化させて、“人間社会に依存していない”としたらどうでしょうか。牧場や養鶏場にまつわる様々なご馳走を期待して周辺に住み着いているキタキツネも少なくないようです。畑を縦横無尽に走り回ってネズミを追い回したり、作物を食べる個体もいます。農地域に生きているキタキツネは、そもそも人間が切り開いた人工的な土地にある意味依存して生きているとも言えるはずです。そこには、野生動物はいないことになるかもしれません。もっと先鋭化させて、“人を知らない動物”などと定義すれば、開拓開発が進んでしまった北海道にどれだけ存在しているのかと困惑混じりのため息が出てしまいます。ため息をしながら悩んでいた僕は、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」中に“A Wild Goose Chase”という言葉があったことを思い出しました。野生のガチョウを探すことは無駄なことであることから、骨折り損とか無駄なことなどをいう慣用句です。キタキツネを撮影するとき、僕を意識して仕草を変えていく彼らが被写体になることもあれば、レンズを向けている僕に気づくことなく(あるいは意識しないで思うがままにしている中で)撮られるキタキツネたちもいます。僕を意識することなく、関わり合いをあまり持たずに今そこに生きているキタキツネたち群像に僕は「A Wild Fox Chase」と名付けるようになったのです。

  このような生き方の中、2016年の晩冬に目を見張るほどの素敵な瞬間に出会いました。淡い夕暮れ時。淡いピンク色の空の下で2匹のキタキツネが雪上を駈けいくのです。あまりの美しさに惚れ惚れとしつつ、僕の愛読書である「National Geographic」のコンテストに応募してみたのです。世界中から凄腕の自然写真家たちが応募をするコンテストなのですが、そのNature 部門で、日本人としては初の1位となったのです。これを機に、自宅に戻ることができるのも月に数回、いつもどこかを撮ってまわる生活になってしまいました。でも、変わらぬことがひとつだけあるのです。それは、自然写真を撮っている限り、何を撮っていてもいつも待ち時間はレンズを向けている人に平等に与えられるということです。次の「ぎらりの日」まで、僕はどれだけの待ち時間を過ごすのだろうかと考えてしまうのですが、待っている時間が好きになってきたかもしれません。

井上浩輝

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