六華だより(公開前確認版)

地図の達人 堀淳一さん(中48期)との思い出

第95号

片岡 正人(南31期)

 

 「地図歩き」の達人だった堀淳一さんが2017年11月25日、91歳で亡くなった。堀さんは1944年卒の中48期。同期には、北海道百年記念塔などを建設した伊藤組土建名誉会長の伊藤義郎さんらがいる。

 堀さんが亡くなったのは、遺作となった「北海道 地図の中の廃線」の、まさに印刷中のことだった。版元である亜璃西社の代表取締役は南18期の和田由美さん。18年2月17日に札幌市の京王プラザホテルで開かれた「偲ぶ会」で献杯のあいさつに立った和田さんは「北海道の出版史に残る本を、堀先生と一緒につくることができて、どんなにうれしかったか」と涙ぐみながら語った。

2018年2月に開かれた「堀淳一さんを偲ぶ会」で献杯のあいさつをする和田由美さん

  遺作には、自身の少年時代をつづったエッセーが特別付録として挟み込まれている。和田さんは一中時代のことも書いてくださいと頼んでいたが、体調がすぐれず、そこまで書き進めることはできなかったらしい。

 北大の物理学の教授だった堀さんがフリーになったのは、1972年に出した「地図のたのしみ」が日本エッセイスト・クラブ賞を受賞したのがきっかけだった。その頃、筆者はまだ小学4年生。昭文社の道路地図帳を毎日のように開いて、見知らぬ土地に思いをはせる日々だったが、書店で堀さんの本を見つけることはできなかった。

 堀さんとの最初の”出会い”は、「地図の風景 北海道編」(そしえて刊)が出た79年のこと。ちょうど南高に在学中のときだった。地図を丹念に読めば土地の歴史が分かる。地図は単なる実用品ではなく、知的な玩具でもあることを発見した瞬間だった。

 そして初めて、ご本人にお会いできたのは、さらに13年後のこと。読売新聞の教育欄の取材で、地図教育のあり方を伺ったときのことだ。堀さんは地形図の温泉記号を例に挙げて、こんな話をしてくれた。

「ある新聞に小学校の先生からのこんな投書が載っていた。『某地図帳の温泉のマークが間違っている。湯気の部分が曲がっているが、真っすぐなのが正しい』と。もちろん地形図では真っすぐになっているが、それは国土地理院がそう決めただけのこと。それも、曲げて描くのは技術的に手間がかかるというだけの理由で。こういう枝葉末節にこだわるところに、地図教育に限らず、あらゆる教育の欠点が象徴されている」

初めてインタビューでお会いしたときの堀さん(1992年2月、札幌市内の自宅マンションで)

  堀さんの地図の楽しみ方は独創性に富んでいた。今はすっかり定着した廃線歩きも、彼が先駆者だ。地図を眺めて、現地のイメージを膨らませ、行きたいところを見つけ出し、実際に歩いてみるのが流儀だった。旧道・廃道や産業遺産などはもちろん、アイヌ語地名を歩いたり、水源探しをしたり。

 「地図を見ていると、いろんなことが想像できる。でも、頭の中だけで考えることにはやはり限界がある。だから、現地に行ってみると、思いがけない発見をすることがある。これは一種の探検で、地図は探検への好奇心をかき立ててくれる存在。学校でも、なるべく実際に歩いてみたらいいと思う」

 近年、人気の番組「ブラタモリ」は堀さんが始めた「地図歩き」の延長線上にあると言っていい。 

地形図を見ながら北海道森町の旧道を歩く堀さん(2003年6月)

 堀さんは一人でも出かけたが、仲間と歩くのも好きだった。「コンター・サークル-s」という地図愛好者の集まりを主宰し、観光客が絶対行かないような場所に、仲間と出かけていた。集合場所だけ決めて連絡し、出欠はとらず、集合時間に集まった仲間とだけ歩き始めた。遅刻したら、合流するのが至難の業だったという。

 私はサークルのメンバーではなかったが、8年前に飛び入りで、岐阜県・長良川の繞谷(じょうこく)丘陵を見学する「遠足」に参加したことがある。堀さんはすでに80代半ばに達していたが、その健脚ぶりに驚いた。でも、20年前に私と会ったことはすっかり忘れていて、いろいろと当時のことを説明しても、とうとう思い出してくれなかった。他のメンバーの方に「堀さんは基本的に男性には興味がないからね」と慰められた。

 2017年、札幌に転勤してきたのを機に、サークルに入会した。その年の11月5日、西積丹の旧道を訪ねる遠足で6年ぶりに再会したが、やはり覚えていてくれなかった。でも、これからは頻繁に会えるし、いろいろと教えてもらえると楽しみにしていのだが、その矢先の訃報だった。もっと一緒に歩きたかったのに残念でならない。

 堀さんは、一般にはそれほど有名人ではないかもしれないが、地図好きにとっては神様のような方である。おそらく同窓生の中にも影響を受けた方や愛読者がたくさんいらっしゃると思う。私もまさにその一人。地図を片手に歩き回るという、堀さんから学んだ旅のスタイルを今後も続けていきたい。

 

 遺作となった「北海道 地図の中の廃線」は、「地図の中の札幌」「地図の中の鉄路」に続く3部作の最終刊。道内の旧国鉄の廃線28路線を、新旧の地形図を片手に実際に歩いたルポである。その多くが廃止後間もない1990年前後の踏査で、過去に活字にしたものを下敷きに当時撮影した写真などから、四半世紀前の記憶をたぐり寄せて書き下ろした。

 出会った風景の美しさや率直な感慨が色彩感豊かな表現でつづられ、いわゆる廃線のガイド本とは一線を画している。220枚に及ぶ新旧地形図が収録され、廃線前後の変化がひと目で分かる。

 特に旧版の地形図はすべて著者の所有物からの転載。変色した様子や、折り目がくっきりと残っており、堀さんの息遣いが伝わってくる。

 堀さんは、誰も興味を示さなかった頃から廃線を歩き、外国の地図にも視野を広げて、その魅力を語っていた。その一方で、日本の地図や地形図の問題点にも切り込み、地図批評という新たなジャンルを築いたことも特筆される。本書は自身の廃線歩きの集大成と言える。

 自伝エッセーと略年譜、著作目録を収録した別刷り付きで税込み6600円。ちょっと高いかもしれないが、北海道の歴史の一面を知る保存版として、一家に1冊あっていい本である。

堀さんの代表作となった「地図の中のシリーズ」3部作。左端が遺作となった『北海道 地図の中の廃線』

 

※「東京六華同窓会会報第123号」の記事に加筆

 

 

片岡正人 プロフィル

1963年小樽生まれ

読売新聞北海道支社専門委員

 

東京都立大学人文学部卒。

読売新聞東京本社文化部で、長く歴史・文化財関係を担当。

著書に『現場取材、信濃の古代遺跡は語る』『市町村合併で「地名」を殺すな』、編著に『ほっかいどう先人探訪』など